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スパイス通を唸らせる独自の世界観!『ボンナボンナ』影山さんの香りを味わうスパイス料理

#スパイスとわたし 」は、スパイスを愛する方に、スパイスの魅力について語っていただく、連載企画です。 
スパイスの楽しみ方は十人十色。みなさんが感じるスパイス料理の楽しさをぜひ教えてください!  今回は、カレー界隈でもお墨付きのスパイス愛好家、ボンナボンナ・影山さんのもとへ伺いました。聞き手は、阿部光平さんです。

東京の世田谷代田に、舌の肥えたスパイス通を魅了してやまない飲食店があります。お店の名前は『スパイスサロン ボンナボンナ』。店主がスパイスの買い付けに行っているスリランカで、毎朝目覚めのお茶をだすときにかける言葉が店名の由来だそうです。

実際にお店で食事をした人たちから語られるのは、「店主がひとつずつスパイスの説明をしてくれて、気付けば3時間も経っていた」や「スリランカの農園にはボンナボンナ専用のスパイス畑があるらしい」など、どれも耳を疑うようなエピソードばかり。話を聞けば聞くほど、疑問と興味が湧いてきます。

果たして『スパイスサロン ボンナボンナ』とはどんなお店で、どのようなスパイス料理が味わえるのか。店主の影山陽平さんにお話を伺うと、そこには想像を遥かに超える奥深いスパイスの世界が広がっていました。

登場する人:影山陽平さん
1976年生まれ。スパイスサロン ボンナボンナ(BonnaBonna)店主。
店舗住所:〒155-0033 東京都世田谷区代田1丁目35-12
電話番号:03-6315-8903
営業時間:火〜日曜日 要予約(開店12:00、閉店20:00)
定休日:不定休
Instagram:@spicesalon_bonnabonna

作った人ごとの美味しさがある、だからレシピは要らない。

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——『スパイスサロン ボンナボンナ』で食事をしたことがある方からは様々な噂を聞くのですが、どれも驚くようなエピソードばかりでした。例えば、料理を出す前に、使用するスパイスの香りをひとつひとつお客さんに確かめてもらうというのは本当なんですか?

影山:そうですね。初めてのお客さんには使用するスパイスのことをイチから説明して、調理前に香りを体験してもらっています。それからメニューごとにスパイスを挽いたり、煎じたりしているので、料理を出すまでのお時間は十分にいただくことになるんですけど。

——カレーを食べにきたつもりが、影山さんのスパイス話があまりに面白くて、気づけば3時間も滞在していたという方もいました。

影山:スパイスだけでなく食材の説明もしますし、お野菜やお肉なども注文をいただいてからカットしてますからね。でも、2回目以降は黙って作るので、もう少し早くお出しできると思います(笑)。

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影山:うちのメインメニューは『薬膳スパイスごはん』といって、カレーのようにルウとお米を組み合わせて召し上がっていただくものなんですが、作り方はまったく異なります。

スパイスをから炒りしたり、油で炒めたりするのではなく、スパイスに含まれている精油を抽出し水分と乳化させて作っています。

使用するスパイスは、季節やその日の気候に合わせて、私の五感を頼りに調合しているので、うちにはレシピがないんですよ。

——レシピがないんですか?

影山:ええ。スパイスも食材も、入ってきたときの状態によって香りや水分量は違いますから。「シナモンを何グラム入れたら、この香りになります」なんてことはないんです。

レシピがない料理っていうのは難しそうに見えるかもしれないですけど、感じたままに作ったほうが楽なんですよ。調理しながら確認すれば、「今日のシナモンなら、香りが強いからいつもの半分くらいでいいな」ってこともわかるじゃないですか。私は面倒臭がりなので、レシピは書かず、自分の五感に従って料理を作っています。

——つまり、ボンナボンナの料理は、影山さんにしか作れないものなんですね。

影山:でも、料理って、作った人ごとの美味しさがあるじゃないですか。それが料理のいいところだと思うんです。

だから、みんな自分の感覚に合わせて好きなものを作ったらいいと思うんですよね。この世で一番美味しいものは、家庭料理ですよ。その家には、その家の味があるでしょ。それが1番ですから。

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影山:私はスパイスを使った料理を教えることもあるんですけど、例えば美味しいカレーを作るコツは、カレーばかり作らないことですよ。

なぜかと言うとね、煮る、焼く、蒸すっていう基本的な調理は物理統計学なんです。毎日の積み重ねで、食材の活かし方っていうのがわかってきますから。

——様々な食材の活かし方を知ることが、結果としてカレー作りにも活かされるってことなんですね。

影山:そうそう。そういう基本的な料理経験が豊富だと、スパイスの個性も上手に引き出せます。だから、スパイスの知識だけが豊富な人より、普段から家庭料理を作っている人のほうが美味しいものを作れるんですよ。

「なんでいろんな生薬が入ってるのに、全部同じ温度で飲むんだろう?」漢方の疑問からスパイスの世界へ

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——影山さんが、スパイスに深くのめり込んだきっかけは何だったのでしょうか?

影山:えーっとですね、思い起こしてみると幼少の頃から食への関心は高かったんですよね。目玉焼きを食べるときに醤油、ソース、マヨネーズ、塩を持ってきて、その4種類と、それぞれを組み合わせたパターンで何通りも食べてみたりしてて。そういう感覚に対する欲望は昔からありました。

——まだ見ぬ味に出会いたいという好奇心が。

影山:そうですね。レストラン修行をする前の若い頃は音楽や演劇、大学病院での研究補助、廃棄物処理場の肉体労働、水商売など、いろんなことをしてたんですけど、ずっと料理は好きだったんです。毎日お弁当を作ったり、友達を招いて料理を振舞ったりね。

——食べるのも、作るのも好きだったんですね。

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影山:スパイスに関しては漢方から入ったんです。病気をしたときに漢方薬を処方されたことがあったんですけど、「なんでいろんな生薬が入ってるのに、全部一緒にして同じ温度で飲むんだろう?」と疑問に思って。

だって、食材だったら熱を加えすぎると栄養が失われたり、組み合わせによって吸収効率が変わったりするわけじゃないですか。それを全部同じように粉にして、同じ温度で飲むのって、本当に効果があるのかなって。これは、料理の基礎知識があったからこその疑問だったと思うんですけど。

——あー、なるほど。食材によって素材の個性を引き出す調理法が違うように、漢方薬にもそれぞれの効果を発揮するための飲み方があるはずだと。

影山:そうそう。それで自分を実験台にしながら、いろいろと漢方のことを研究してたわけですよ。その中で、「特定の生薬を5分以上加熱したら、風味は残るけど、成分は失われてしまう」みたいなことがわかってきて。

でね、漢方薬っていうのは、呼び名は違えどスパイスと同じものじゃないですか。「丁字」っていうのはクローブのことだし、「姫茴香」はキャラウェイ、「桂皮」はカシアですから。

——そうですよね。そのときに漢方薬について研究していた経験が、結果的にスパイスの特性を引き出すための知識になったんですね。

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影山:もともとの入り口が漢方だったので、当時はどの生薬に、どういう効能があるかってことに興味があったんです。でも、今は健康のことを考えるなら、生薬すら必要のない体作りをすることのほうが重要だと思っています。

例えば、人間には寒さを感じたら体を温めようとする機能があるでしょ。これは、神経という情報ケーブルを通して脳が体に指示を出してるわけですよ。こういう人間に備わっている機能は、使わないでいると衰えてしまいます。だから、その機能を高めるほうが先決なんじゃないかなと。

——それが「生薬すら必要のない体作り」ってことなんですね。

影山:ええ。つまり、もともと持っている、体を回復させる機能を円滑に働かせることが、1番の健康法だと思ったんです。そのために必要なのは、神経の働きを柔軟にして情報伝達をスムーズにすることだなって。

そう考えるようになってから、私は漢方薬から離れていったんですよね。それに代わって興味を持ったのが、スパイスの香りでした。

——興味の対象が、効能から香りに。その転換には、どういうきっかけがあったんですか?

影山:『ボンナボンナ』を始める前に働いていた薬膳レストランで、スリランカ人の友達ができたんですよ。彼らと知り合ってスリランカへ遊びに行ったときに、そこで出会ったスパイスの香りに驚いたんです。今まで使っていたスパイスと、あまりに違う香りだったので。

シナモンにしても、コリアンダーやカルダモンも、自分が知ってる香りとは別物だったので、最初は「これは使えないや」って思ったんです。でも、いろいろと試すうちに、個性豊かなスパイスの香りにハマっていったんですよね。

届けたいのは、食べた人にリラックスしてもらう料理

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影山:さっきの話にも繋がるんですけど、香りを嗅ぐというのは神経を働かせるいいウォーミングアップになると思うんです。

猫を撫でたときって、ふわふわする、暖かい、柔らかい、気持ちいい、幸せみたいな順番で情報伝達が行われるじゃないですか。音楽を聴くときもそう。いろんな楽器の音や演奏法という情報が入ってきて、体が反応します。でも、香りって感じた瞬間に体が反応するんですよ。お腹が空いたり、リラックスできたりというように。少なくとも、私はそう実感しているんです。

——確かに、香りは体の反応と直結している感じがしますね。

影山:嗅覚って、五感の中で最もリラックスと直結している機能なんですよ。だから、その働きが活性化すると、神経は柔軟になり情報伝達のスピードも上がっていくと思うんです。私の場合、こういう神経の働きを意識的に繰り返してきたことで、寒かったら体を温めるという情報伝達も早くなった実感があります。

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影山:体の機能を維持するためには香りが重要だと考えたときに、スパイスのどこが素晴らしいかというと、複数の組み合わせが可能なんです。私はコーヒーやシングルモルトウイスキーも好きなんですけど、いずれも単体の香りじゃないですか。でも、料理って、いろんな香りを組み合わせることができるんですよ。

ひとつの料理にいろんな香りを組み合わせても、まろやかに食べられるでしょ。それがスパイスの面白さだと思うんです。スパイスは、味を足すものではなく香りの材料なんですよ。

——影山さんが作っているのは、嗅覚を刺激する料理なんですね。

影山:刺激というか、香りでリラックスしてもらう料理ですね。さっきも言ったように、香りには人を自動的にリラックスさせる機能があります。だから、素材のよさを損なわないように調理すれば、食べた人にちゃんとリラックスしてもらえるんですよ。

——注文が入ってからスパイスを調合したり、調理を始めるのも、よりフレッシュな香りを提供するためなんですね。

影山:そうですね。その辺りは、実際に食べてもらったほうがわかると思うので、お店に行ってみましょうか!

決まり事のない自由な料理の世界を目指して

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影山:こちらです。どうぞー!

——おぉ、入った瞬間からスパイスのいい香り! 入り口には『星5つ G カルダモン』とか『花の香りのウコン』とか、気になるネーミングのスパイスが並んでいますね。

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影山:今、お店にはだいたい50種類くらいのスパイスがあります。同じスパイスでも数種類使ってるものもあって、シナモンなんかだと多いときには14種類くらいありますね。「これがナンバー1だ」ってことじゃなくて、それぞれに独自のよさがあるんですよ。

——それって、産地が違うってことなんですか?

影山:シナモンに関しては、農園や剥き方の違いですね。みなさんがよく知るニッキのような香りのものもあれば、フルーツケーキのような香りのシナモンもあります。

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——そういえば、スリランカの農園にはボンナボンナ専用のスパイス畑があるらしいという噂も聞いたんですけど。

影山:専用の畑があるわけではないですけど、サンプルチェックの際にいいスパイスと出会ったら、「これと同じ農園の、同じ日付に収穫されたものが欲しい」と言って送ってもらってます。そういうのは、他所に売らず、僕用の棚にキープしておいてもらってるんです。

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影山:実際、香りを嗅いでみてください。これは、最高品質のスリランカ産グリーンカルダモンです。

——おぉ、すごくフレッシュな香り! 目までスーッとしてきますね。

影山:すごいでしょ。でも、これでもまだ本域ではないんですよ。乾いてるし、今の時期は寒いから。

人間の嗅覚センサーって、体温に近かったり、水分と一緒になってないと香りを拾えないんです。だから、これも水分を加えて、加熱していけば、さらに香りが立ってきます。

——そういう知識も体験から身につけていったものなんですか? ちょっと科学っぽいところもあるなと思ったんですけど。

影山:基本的には、自分の研究・経験から得た知識ですね。科学は、後から知ったらやっぱりそうだったみたいな感じです。

——体験で得た知識が、科学的にも正しかったってことなんですね。

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影山:ウチのお店では、毎日育てている『スパイス床』という菌床があるんです。

——スパイス床? ぬか床みたいなものですか?

影山:そうそう。生きている菌床なので、蓋を開けるとシュワっと返事をするんですよ。返事が多かったら、特定の温度とスパイスで成長を止めます。反対に返事が足りなかったら、冷蔵庫の中でもちょっと温度が高いところに置いて、中を活性化させます。

——スパイスを発酵させてるってことですか?

影山:スパイスを発酵させるってよりは、発酵床を作って、そこにスパイスを合わせ、スパイスの香りを移していくってことですね。料理に使うときは、それをさらにスパイスやお野菜の出汁と乳化させるんです。酵素のような酸味とクリーミーさも出てくるので、味も香りもグッと増します。

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——ボンナボンナでは、スパイスの個人向け販売もしているんですよね?

影山:やってますよ。敷居を高くしたくないから、いいスパイスでも安く売ってるし、細かいグラム数でも買えるようにしてあります。

——そこにはスパイスがもっと一般的な存在になればいいという想いがあるんですか?

影山:料理がもっと一般的になればいいなとは思ってますね。その中にスパイスもあるよって感じかな。

私もいろいろと失敗したり、今考えると間違えてたなってこともあるんですけど、それでいいんですよ。間違えたものを引いたり、新しいものを足したり、人生っていうのは長い学問みたいなものだから。これまで積み重ねてきた何十年っていう生き方の結果が、今日なわけでしょ。失敗も、遠回りもしてきてよかったなと思いますよ。

——はぁ、それはすごく前向きで、希望に満ちた言葉ですね。

影山:私がレシピを書かないのも、「これが究極のレシピだ!」っていうのは本能的に嫌だって気持ちがあるからなんです。それを書くのは、私の成長は止まってると言ってるようなもんじゃないですか。それだと悲しくなっちゃうでしょ。

料理っていうのは決まり事があるわけじゃないので、もっと気軽に、自由に楽しむ人が増えたらいいなって思いますね。

取材を終えて

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取材後に、影山さんの料理をいただきました。

口の中の体温でゆっくり溶かしながら食べると材料それぞれの香りが立ってくる『アボカドと柑橘と三つ葉のサラダ 自家製パテの香り和え』や、冷めるたびに味や香りが変化する『薬膳スパイスごはん』、食後の『ハイグレードチャイ』は出し殻を水に溶いて濾したものと飲み比べをさせてもらって、スパイス由来の甘みととろみの豊かさに驚かされました。

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アボカドと三つ葉に、ゆずの皮と果汁、ココナッツオイルなどを加えて自家製パテと和えたサラダ。飾りは若いスイスチャード

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えのきの軸の部分(束のサイズが大きく、ジャキっと歯ざわりが良いものを選ぶ)を先にオーブンで焼き、さらに野菜、マスタードシードオイル、白胡麻油を加え鉄板皿で焼き上げた一皿。ディルシード、カスリメティ、香川県産にんにくなどで香りづけされています

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軟水に合う茶葉、なつめ、シナモン数種、クローブ、グリーンカルダモン、ブラックカルダモン、トウキなどでつくるチャイ

影山さんからスパイスや食材の特性を教えてもらうことで、感じられる香りや味わいの領域が広がり、食の楽しさを拡張させられるような体験の連続。

気づけば取材開始から6時間が経過していて、我々もすっかりボンナボンナの料理に魅了されていました。

単なる食事を超えたエキサイティングで目が覚めるような体験を、是非ボンナボンナで味わってみてください!


取材・文:阿部光平/撮影:高澤梨緒 /編集:エスビー食品note 

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