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「スパイスは言語を超えたつながりの記憶。」世界の台所探検家・岡根谷実里さん—スパイスを語る

「#スパイスを語る」は、日々の暮らしや食事、ものづくりなどを気ままに楽しんでいる方に、あらゆる角度からスパイスについて語っていただく連載企画です。スパイスの楽しみ方は十人十色。みなさんが感じるスパイス料理の楽しさをぜひ教えてください! 今回は、世界の台所探検家として活躍している岡根谷実里さんにお話を伺いました。


ヨルダンやフィンランド、ケニアなど世界各地を訪れ、その地域に住む人の台所にお邪魔し、共に料理を作ったり、食卓を囲んだりする活動を続けている岡根谷さん。現地の人と一緒の時間を過ごす中で得た気づきを、メディアや学校での出張授業などあらゆる場所で発信しています。 これまで100軒以上の家庭を訪問してきた岡根谷さんに、各国のスパイス文化や、スパイスの面白さについて思い出とともに語っていただきました。

登場する人:岡根谷実里さん
世界の台所探検家。東京大学大学院工学系研究科修士修了後、クックパッド株式会社に勤務し、独立。世界各地の家庭の台所で一緒に料理を行う中で見えた各国の暮らしや社会の様子を、小中学校への出張授業や講演、連載『世界皿紀行』(味の手帖)などで発信している。近著に『世界の食卓から社会が見える』(大和書房) など。
X(旧Twitter)https://twitter.com/m_okaneya
note https://note.com/misatookaneya

世界中の誰もが共通で笑顔になる「食」の力

——大学時代は土木工学を専攻していたという岡根谷さん。世界を旅するようになったきっかけについて教えてください!

岡根谷 きっかけのひとつは、大学院生時代に訪れたアフリカ・ケニアでのインターンシップの経験です。当時は土木工学を学んでいて、インフラ作りの勉強をしていました。ケニアには大豆の加工場を立ち上げるプロジェクトで訪れており、その滞在していた村で、大型道路の建設が進んでいたんです。「土木工学を通して途上国の発展に協力したい」と思っていたのですが、現実には立ち退きを命じられて生活の場所を奪われることになり、悲しい思いをしている現地の人々がいました。それを目の当たりにし、「これが本当に自分のしたいことなのか」と迷いが生じて……。

そんな中、当時滞在させてもらっていた大豆農家の家庭で、食事の時間の力強さに気づいたんです。どんな時も食事の時間はご家族が必ず笑顔になります。自分たちが作る料理で自分や家族、その周りを笑顔に、そして幸せにできる「食」のパワーに驚き、もっと詳しく知りたいと思うようになりました。

——もともと「食」の分野には興味があったのですか?

岡根谷 実を言うと、「食」にはあまり興味がありませんでした。私自身、特別グルメという訳ではないですし、料理の腕も人並み程度。でも、ケニアでの体験を経て「もっと食を通して人と関わりたい」と思い、大学卒業後はクックパッドに入社しました。その後、日本だけでなく世界中の料理を知りたいと思い、個人的に世界の台所を探検する活動を始めていったんです。

世界各地のおいしい料理を求めているのではなく、「料理を通して、彼らの暮らしや社会を知りたい」という思いが強いですね。食事は生活の営みから生まれます。その料理が生まれた経緯から、国の生活習慣や社会背景、土地の特徴などを感じられるのが、台所という場所なんです。たとえば「乾燥地域なのになぜ米が育ち、食べる文化があるのだろう?」など、歴史的背景を調べて想像することが、新しい発見につながります。

記憶を呼び起こすスパイスの香り

——世界各地を訪れた岡根谷さんですが、スパイス料理が印象的だった国や地域はどこですか?

岡根谷 衝撃的だったのは、中東のヨルダンですね! ヨルダンやシリア、パレスチナなど、いわゆるレバントと呼ばれる地域は、クローブやシナモンなどの甘いスパイスを料理に多く使うんです。スパイスといえば、インドなどで使われる辛いスパイスを想像していたので、初めて食べたときは驚きました。たとえばパレスチナでよく作られる「マクルーバ」という炊き込みご飯には、甘く香るカルダモンやオールスパイスなどが多く使われています。

中東地域で日常的に食べられている「マクルーバ」。「マクルーバミックス」という、それ専用のスパイスも売られているそう。

さまざまなスパイスを、料理だけでなくスイーツやドリンクに活用しているのも興味深かったです。パンにつける専用のミックススパイス「ザアタル」や、酸っぱいスパイス「スマック」など、用途が特徴的なスパイスもたくさん。特に「スマック」はピンク色で、サラダなどの仕上げに使うと、料理の色合いを鮮やかにする役割もあります。日本でいう、赤しそふりかけのような。この地域の人たちは料理を彩りよく、おいしく食べる術を身につけているんだなと感心しました。辛いだけじゃない、スパイスの魅力を知っている地域だと思います。

パンをオリーブオイルに浸して、それに付ける「ザアタル」。ごまやオレガノ、タイムなどをメインに使ったハーブのミックス調味料です。

——国や地域によって使っているスパイスや、その使い方に違いが出るんですね。

岡根谷 レバントの国々もインドも、使っている食材に大きな違いはないけれど、スパイス使いによって味に違いが生まれるのが面白いところですよね。スパイスによって、自ずとその土地らしい、またはその家庭らしい味が生まれます。

あと、味だけでなく香りも重要な要素のひとつ。以前、日本のとある学校へ出張授業に行った時に、3つのスパイスの中から台湾のスパイスを当ててみようというクイズを出題したのですが、クミンの香りをかいで「カレーの香りがするから、これは台湾のスパイスじゃない!」と答えていた子どもがいて感心しました。子どもの感受性の豊かさにも驚きましたが、香りによってその国や地域を身近に感じられたり、想像できたりすることがスパイスの魅力だと思います。

——岡根谷さんもスパイスの香りで旅の思い出を振り返ることがありますか?

岡根谷 もちろんありますよ! フィンランドで教わった「カルダモンロール」を自宅で作っていた時は、現地で出会った家族が懐かしくなり、「今焼いているよ」と思わず写真を送りました。粗挽きのカルダモンとシナモンを入れるので、とても香り高いんです。もう一度旅行をしている気分になれますし、香りで現地の台所とつながっているような、不思議な感覚がありました。

チリ出身の友人に教えてもらった「エンパナーダ」と呼ばれるミートパイ作りにチャレンジしてみた時は、まだ行ったことのないチリへのイメージを膨らませながら作りました。オレガノをたっぷり使うんですよ! いつか行ってみたい国のひとつです。かつて訪れた国を思い出したり、まだ見ぬ土地を空想させたり、スパイスには人の想像をかきたてる力があります。

固定観念を取り除くとスパイスはもっと楽しくなる!

——世界各地を訪れる際に、自分の中で大事にしていることはありますか?

岡根谷 固定観念を一度リセットすることですね。海外へ行く際は、その国の情報を極力調べすぎないようにしています。国民ひとり当たりのGDPや国の面積・人口、宗教や歴史など最低限の情報だけインプットしていきますが、旅行者のブログなどはまったく読まないですね。「この国の人はこんな人」というイメージは、コミュニケーションをする際に邪魔になると思っています。目の前の人がどう感じていて、どう伝えたらいいか、ひとりの人間同士で接することを大事にしています。

以前、台所で一緒に料理をする中で印象的な出来事がありました。西インドのあるご家庭で、普段ならいちいちスパイスを計量せずに作っているであろう料理を、私に教えるためにわざわざ計って教えてくれたことがあったんです。「基本は、このスパイスが小さじ1で、こっちは小さじ2」という具合に。私がわかりやすいように歩み寄ってくれる、その気遣いに感動しました。言葉で伝わることなんて、ほんの些細なことだけです。コミュニケーションにとって重要なことは、伝えようとする気持ちと、わかろうとする気持ちなんだと気づきました。料理を教えてもらっている時間には、言語を超えた繊細なコミュニケーションが詰まっていると実感した瞬間でした。

——思い込みに縛られないことが、言語の壁を越えたコミュニケーションに大事なんですね。

岡根谷 スパイスも同じで、固定観念を取り除くことで、もっともっと楽しくなると思います。よくこの料理にはこのスパイスとか、ルールが定められているように感じますけど、全然そんなことはありません! 「マクルーバ」も現地の各ご家庭で使うスパイスはバラバラでした。ある程度、大ざっぱでも大丈夫なんです(笑)。

スパイスってもっと自由でいいのだと思います。「いつも食べる煮物や炒め物にスパイスを入れてみよう」とか、自由研究みたいにもっと気楽に試してほしいです。私もいつも、家でクミンやコリアンダーなどのスパイスを並べて、どんな料理に合うか実験しています。ぴったりな組み合わせを見つけると、食事がより楽しく感じられるんですよね。

——そう考えると、もっとスパイス料理に自由にチャレンジできそうな気がします!

岡根谷 辛いスパイスはさすがに量を加減する必要があると思いますけど、その他のスパイスは入れれば入れるほどおいしくなるので、ぜひチャレンジしてみてください。お気に入りのスパイスや組み合わせを見つけてみる、というスタンスでいいと思います。

スパイスの使い道がなくて余ってしまったという人は、私がハマっている「スパイス白湯」をぜひ試してみてください! 昔、インドでお湯にコリアンダーを入れて飲むご家族を見て、試すようになりました。炒ったクミンや、コリアンダーを入れてもおいしいですよ。本当にスパイスの可能性は無限大です!

文:大瀧亜友美 / 撮影:Ryo Yoshiya

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