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【まかない飯レシピ】インド料理歴30年超の日本人シェフが切り拓いた〝和素材×スパイス〟という新世界!

#スパイスとわたし 」は、スパイスを愛する方に、スパイスの魅力について語っていただく、連載企画です。 スパイスの楽しみ方は十人十色。みなさんが感じるスパイス料理の楽しさをぜひ教えてください!  今回は、初台にあるカレー屋さん、和魂印才たんどーるの塚本さんのもとへ伺いました。聞き手は、阿部光平さんです。

梅やゴマ、昆布といった、和食ではお馴染みの食材たち。それらがカレーになると言ったら、きっと多くの日本人は驚くことでしょう。まったく同じように、日本を知るインド人も驚くはずです。

「初台スパイス食堂 和魂印才たんどーる」の店主・塚本善重さんは、30年以上に渡ってインド料理を作り続けてきました。そのなかでインド人シェフのようにはスパイスを使いこなせないと痛感し、独自の道を切り拓くために和素材を使ったスパイス料理を作りはじめたといいます。

前例のなかった組み合わせのスパイス料理は、いかにして誕生したのか。

自分の好みが作れるスパイスの面白さや、人気メニューができあがるまでの試行錯誤、そしてたった4つのスパイスだけで作る、インド料理店の賄いで食べていたカレーのレシピなどについて、塚本さんに伺いました。

登場する人:塚本善重
1966年、東京生まれ。インド料理歴33年(2021年現在)。16歳で料理人を志し、インド料理店「マハラジャ」で初めてインド料理を学ぶ。以降、「天竺屋」「アジャンタ」「ガンガー」とインド料理の名店を渡り歩いて10年間修業を積み、東京・沼袋で1997年に「印度料理 たんどーる」をオープン。2年後、「“新”印度料理 たんどーる」と改名。2012年に脳梗塞で倒れ、半年の休業を余儀なくされる。営業日を限定して再開するも、2015年に一時閉店。2016年、「初台スパイス食堂 和魂印才たんどーる」と名を改め、初台にて再スタートした。好きなスパイスは、フェンネル、アジョワン、山椒。愛猫の名は、チョコナン、シナモン、クローブ。 @Mr_tandoor

「この仕事続けられるかな?」すぐには見つからなかったインド料理の面白さ

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——塚本さんは16歳で料理の道に入ったそうですが、そのきっかけは何だったのでしょうか?

塚本:手に職をつけたいなと思ってたんですよね。特に料理が好きってわけでもなかったんですけど、たまたま中学生のときに料理学校の体験入学に行ったんです。それが、料理人を志すきっかけになりました。

——最初はどんなお店で修業をされていたんですか?

塚本:いわゆる町の洋食屋さんですね。そこに2年ほど勤めて、18歳のときにインド料理店で働くことになりました。そのときも、インド料理をやりたかったわけではなかったんですけど、たまたまアルバイト情報で求人を見つけたのがきっかけで。

ただ、当時はまだスパイスが身近じゃない時代でしたから。最初はインド人シェフのサポートをしながら「あぁ、いい香り」なんて思ってたんですけど、何時間も嗅いでて具合悪くなっちゃったりもしてましたね(笑)。

——馴染みのない香りだったから。

塚本:そうそう。賄いのカレーも最初は食べられなくてね。「この仕事続けられるかな?」と心配だった時期もありました。

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——仕事の内容も、洋食屋さんとインド料理屋さんとではずいぶん違いますよね。

塚本:ぜんぜん違いますね。最初はとにかくスパイスの種類を覚えるのに必死でした。

——そういうなかで見つけたインド料理の面白さって、どういう部分だったんですか?

塚本:いや、それはすぐには見つからなくてですね。僕は英語もできないから、インド人シェフとのコミュニケーションの難しさもあって、一時的にインド料理から離れてた時期もあったんですよ。

——そうだったんですね。

塚本:だけど、インド料理から離れて、別の料理をやってるなかでわかったこともあったんです。「あのときインド人シェフが使ってたスパイスには、こういう意味があったのか」とか。
 
——それはスパイスの特性や使い方に対する理解が深まったということですか?

塚本:スパイスのことっていうより、料理というものに対する理解ですね。例えば、和食の煮物って、煮込んだ後に冷めていく段階で味が染み込んでいくんですよ。そういうことを知っていくうちに、「料理っていろいろと繋がってるんだな」と思うようになって。

——あぁ、食材や調理に対する解像度が上がったというか。

塚本:そうですね。だから、いい料理を作るためにはインド料理だけを勉強しててもダメと思うようになったんですよね。

行き詰まりから生まれた和素材×スパイスという打開策

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——塚本さんが和素材のカレーを作りはじめたのも、ジャンルを超えていろんな料理を勉強していたことがきっかけだったんですか?

塚本:和素材を使いはじめたのはですね、いろんなお店でインド人シェフたちと仕事をするなかで、「何年経ってもスパイスの感覚とか扱い方が真似できないな」と思ったのがきっかけでした。スパイスの使い方は覚えていくんですけど、扱う上での感覚っていうのが、インド人シェフとはぜんぜん違うんですよね。

——スパイスを扱う上での感覚……? それは組み合わせとか調理法とか、そういうことではなく?

塚本:そういうことではなくて、感覚なんですよね。うまく言葉に言い表せないんですけど、日本人って直感的に醤油や味噌を扱えるじゃないですか。同じようにインド人シェフたちは、直感でスパイスを扱えるんですよ。そういうのは、いくら修業しても真似できなくて。

——生まれたときからスパイスが身近だった人たちと、そうじゃない人たちの差ってことなんですかね。

塚本:やっぱり彼らはスパイスを扱う感覚が染み付いてるんだと思います。それを上手く自分のなかに取り入れるっていうのは難しくて。だから、彼らにはなくて、自分にあるものは何だろうと考えるようになったんです。

その結果、考えついたのが自分にとって身近な存在である和素材を、インド料理と掛け合わせるというアイデアだったんですよね。そうすれば、インド人シェフたちにはできない、独自の料理が作れるんじゃないかなと思って。

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——塚本さんは、和食の修業をされてたこともあるんですか?

塚本:ないです、ないです。だから、本で勉強しながらはじめた感じですね。だけど、当時は和素材とインド料理を掛け合わせるという事例がなかったので、最初はぜんぜん上手くいかなかったですね。

——ゼロから新しいジャンルを作ってたわけですもんね。具体的には、どんなアプローチでメニューを考えていったんですか?

塚本:えーとですね、インド料理にアチャールマサラという料理があるんですよ。ミックスピクルスみたいなもので、ペーストにしてカレーに混ぜ合わせて食べるんですけど。それが、ちょっと練り梅っぽいなと思ったんですよね。

——なるほど!

塚本:味もそうだし、見た目の感じも近いなと。実際、カレーに合わせてみたら美味しくて。それで、最初に『鶏肉の梅カレー』というメニューを作ったんですよね。

——和素材のカレーが生まれた背景には、そういうきっかけがあったんですね。梅カレーに対するお客さんの反応はいかがでしたか?

塚本:最初にやっていた『印度料理 たんどーる』というお店では、普通のインドカレーも出していて、梅カレーはいくつかあるメニューのなかのひとつだったんですよ。だから、気になって「梅カレーって何ですか?」と聞いてくれるお客さんもいたんですけど、いろいろと説明すると、「じゃあ、こっちで」って別のカレーを頼むんですよ(笑)。

——気にはなるけど、食べはしないと(笑)。

塚本:そうです、そうです。はじめはそんな感じでしたね。だけど、何度か来てくれたお客さんが「じゃあ、今日は梅カレー食べてみようかな」と頼んでくれるようになりました。

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向かって右に並ぶ小鉢、上から『小豆と大豆と干し椎茸の黒ゴマカレー 〜ガリのせ〜』、『たんどーるの代表作!鶏肉の梅カレー』、『鶏ひき肉とナンコツのキーマカレー 梅干しのせ』。ランチのカレー3種盛りのセット(写真提供:和魂印才たんどーる)

塚本:ナンコツのキーマカレーは、焼き鳥屋さんでつくねを食べてたときに、「このコリコリした食感をカレーに活かせないかな」と思ったのがきっかけでしたね。ゴマのカレーも、テレビでしゃぶしゃぶを食べてた人がゴマだれを使ってるのを見て、「カシューナッツのペーストに似てるから、カレーに入れたらコクが出るかも」と思って作ってみたんです。

——カレー以外のものが、新メニューのヒントになることが多いんですね。

塚本:そうですね。新しいものを作ろうとしてるときって、カレーを食べてても思いつかないんですよ。だから、ヒントが欲しいときは、他の料理を食べに行くようにしてます。カレーを食べに行くときは、もう純粋にカレーを楽しもうと思ってますね。

——いつもアンテナを張ってるから、他の料理を食べてるときにも「これはカレーに活かせないだろうか」って発想になるんでしょうね。

塚本:それはもう職業病ですね(笑)。

組み合わせが自由だからこそ、スパイスは面白くて、難しい。

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——インド料理を30年以上作られてきた塚本さんが思う〝スパイスの面白さ〟って、どんなところですか?

塚本:組み合わせが無限にあるので、いろんな好みを作れるってことですかね。基本さえ押さえていれば、いろんなアレンジができるので。

——なるほど。スパイスを扱う上での基本って、どんなことなのでしょう? 「これとこれの組み合わせはよくない」みたいなのがあるんですか?

塚本:そういうのはないと思いますけど、んー、なんですかね。改めて考えると難しいですね、基本……。

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塚本:んー、スパイスの火の入れ方とか玉ねぎの炒め方とかも、人それぞれで違うし、それがお店の味になっていくわけですからね。何が良い悪いっていうのは、一概に言えないんですよ。

——自由だからこそ、基本を定義するのが難しいってことなんですかね。では、今振り返ってみて、インド料理店で学んだことって何だったと思いますか?

塚本:それもね、いろいろあって。まず、インドってすごい広いじゃないですか。そのなかで、北と南では食文化も違うんですよ。僕は北インドの料理店でも、南インドの料理店でも働いてたことがあるんですけど、そこでも勉強したことはだいぶ違いましたからね。

——そうやって各地の素材や調理法を学んできたことが、塚本さんがスパイスを扱う上での基本になってるってことなのでしょうか。

塚本:そうですね。なかなか一言では言い表せられないんですけど。

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——塚本さんが今まで作った料理のなかで、特に好きなものってありますか?

塚本:自分のなかで最高傑作だと思っているのは『和ッサムスープ』です。他のカレーは、梅やゴマを使いつつも「インドにこういうのあるかもな」ってテイストに仕上げてるんですけど、和ッサムスープはラッサムという南インドのスープを、いろんな和素材を駆使して作り上げたもので、ネーミングもピッタリはまったし、これを超えるものはできないかもなって思います。

——最近、塚本さんが発売された『にっぽんのインドカレー』というレシピ本にも作り方が載ってましたよね。和ッサムスープもですけど、あの本にはお店の看板メニューまで惜しげもなくレシピが掲載されていますよね。

塚本:そうですね。まぁ、本は1冊くらいちゃん自分の記録として作りたいなと思っていて。それに、今更レシピを隠すこともないなと。僕はもう55歳なんで(笑)。むしろ、この本を見て、いろんな人が家でスパイス料理を作ってくれたほうが嬉しいですね。

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——今後の展望があれば聞かせてください。

塚本:展望ですか。んー、けっこう玉ねぎを炒めるのが大変なんですよね。もういい歳なので。だから、60歳くらいまでは頑張っていろいろやって、その後はちょっと手を抜いていこうかなと思ってます(笑)。

——どんどん工数が少ないカレーになっていくんですかね(笑)。

塚本:まぁ、手をかけようと思ったら、いくらでもやることがあるんでね。どんどん沼にハマっていきますよ。

——そうなんですね。それはつまり、まだまだ研究と改善の余地があるってことですか? もっと美味しくできるという。

塚本:そうですね。そういうふうにやりたい気持ちもありますけどね。実際、前にすごく手間も原料もかけてカレーを作ったんですけど、値段が上がっちゃうのは、お客さんに対してどうなんだろうなと思って。

——あぁ、お店をやっていく上では、そのあたりのバランスも考えなくてはいけないですもんね。

塚本:ええ。それに、この歳だと体もついていかないですから。なので、今追求しているのは「どうやったら楽をしながら、美味しいものが作れるか」ってことですね(笑)。

——あはは! それは達人の技って感じがしますね。無駄を削ぎ落として、美味しさを最大限に引き出すっていう。

塚本:そうできたらいいですけどね。今日作るカレーも素材を全部鍋に入れて煮込むだけという、すごく簡単で美味しいメニューなので、是非やってみてください。

塚本さん紹介レシピ「インド人シェフのまかないサラサラチキンカレー」

今回は、塚本さんが修業時代インド人シェフが毎日作ってくれたという、まかないカレーを教えてくださいました。

使うのは、たった4つのスパイス。味付けは塩のみととてもシンプルなのに、一口啜るとチキンの旨味を感じて、「んー……!」と唸るような美味しさです。

毎日でも食べたくなる、塚本さんの思い出のカレー。手順は驚くほど簡単です。是非お試しください!

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【材料】(4〜5人分)

鶏手羽元 8~10本(400~500g)
水 1リットル
玉ねぎ 1/2個(約150g)
トマト 小1個(約100g)
おろししょうが 小さじ2
おろしにんにく 小さじ1
塩 小さじ1と1/2

クミン(パウダー) 小さじ1
コリアンダー(パウダー) 小さじ2
カイエンペッパー(パウダー) 小さじ1/2
ターメリック 小さじ1/2

【下準備】
玉ねぎは、横半分に切り、繊維に沿って薄切りに。トマトはザク切りにしておく。

【作り方】
鍋にすべての材料を入れて火にかける。煮立ったらアクを取り、弱火で蓋をせずに40分ほど煮込む(ときどきかき混ぜる)。水分が半量ほどになったら、塩加減を調整してできあがり!

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器にとり、仕上げにネギやみょうがなどの和の薬味をトッピングすると、たんどーるらしい一皿に。

白ご飯と一緒に食べても、スープとして楽しんでも。

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チキンはスプーンで簡単にほぐれるほどやわらか、スープは油を使わないあっさり仕上げで、体と心に優しく沁み渡ります……。そのまま、ごくごく飲み干したくなるようなカレーです。

辛みは強くありませんが、もし辛いのが苦手な方は、玉ねぎやトマトを分量より多めにすると、甘味や酸味が増して食べやすくなるとのこと。毎日の献立の新たなレパートリーにいかがですか?


取材・文:阿部光平/撮影:高澤梨緒 /編集:エスビー食品note 

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