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【レシピあり】旅を通じて進化を続ける、『スパイスカフェ』伊藤さんが作る越境スパイス料理

#スパイスとわたし 」は、スパイスを愛する方に、スパイスの魅力について語っていただく、連載企画です。 スパイスの楽しみ方は十人十色。みなさんが感じるスパイス料理の楽しさをぜひ教えてください!  今回は、スパイス料理の名店、スパイスカフェ・伊藤さんのもとへ伺いました。聞き手は、阿部光平さんです。

日本でまだスパイス料理が一般的ではなかった90年代後半。世界一周の旅から帰ってきた伊藤一城さんは、料理人として生きていくために修行の場を探し求めていました。

イタリアン、インド料理、スリランカ料理と、様々なジャンルをクロスオーバーして料理を学んできた伊藤さんは、2003年に生まれ育った東京の下町に『SPICE cafe(スパイスカフェ)』をオープン。その後もインドのローカルレストランや東京の高級フレンチでの修行、生産者の方とレシピ開発、国産スパイスの研究など、あらゆる境界線を飛び越えながら料理の勉強を続け、常に新しいスパイス料理を生み出しています。

お昼はカレー、夜はスパイス料理のコースとワインやお茶のペアリングが楽しめるお店として唯一無二の存在感を放つスパイスカフェの伊藤さんに、進化し続けるスパイス料理について伺いました。

登場する人:伊藤一城さん
1970年、東京都・墨田区生まれ。大学卒業後、空間デザインの会社に4年間勤務。食をテーマに世界一周の旅を計画、3年半で48カ国を巡る。あらゆる料理との出会いの中で、特にラッサムをはじめとする南インド料理に衝撃を受け、自分の料理店を持つことを決意。帰国後、イタリア料理店で1年、インド料理店で2年、スリランカ料理店で1年経験を積む。実家が所有する1960年築の木造アパートを改造し、2003年11月「SPICE cafe」を開業。

日本にスパイスが浸透しない理由

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——スパイスカフェでは「日本発信のスパイス料理」というコンセプトを掲げていますが、これは具体的にどういったものなのでしょうか?

伊藤:うちの料理には2つの柱があって、ひとつは食材です。日本の旬の食材とスパイスを合わせて、何が表現できるのかというのがメインコンセプトになっています。

というのも、スパイスの本場であるインドには雨季と乾季しかなくて、旬の食材って考え方はほとんどないんですよ。それに対して日本は、月ごとに旬の食材が変わるじゃないですか。そういう食材をベースにスパイスを組み合わせた料理を出しています。

もうひとつの柱は日本の食文化です。味噌や醤油といった日本の伝統的な発酵食品、あとは日本酒などとスパイスを掛け合わせて、新しい料理の表現方法を探っています。

——「旬の食材」と「日本の食文化」に、スパイスを掛け合わせたものが、日本発信のスパイス料理ということなんですね。

伊藤:そうですね。なぜこういうコンセプトに至ったかというと、カレーは日本の国民食といわれるくらい広く浸透してますよね。カレーが嫌いって人も少ないと思います。だけど、スパイスそのものについては、あまり知られていないじゃないですか。日本のスパイスに対する理解度や浸透度は、世界的に見ても低いレベルだと思います。

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伊藤:なぜかというと、日本のカレーは、カレー粉とルウからはじまったからです。そのなかにはいろんなスパイスが入っているのに、カレー粉やルウというものが手軽で便利だったために、個々の特性はまったくフューチャーされてきませんでした。

——個々のスパイスに触れる機会が少ないってことなんですね。

伊藤:はい。例えば、クミンシードのパウダーと、コリアンダーシードのパウダーを目の前に置くとほぼ同じ色なんですけど、匂いを嗅ぐと全然違うんですよ。でも、たぶんこれがわかる人の割合を国別で見たら、日本はかなり下位になると思います。

——逆にいうと、インドに限らず、海外ではスパイスがもっと身近な存在ってことなんですか?

伊藤:そうですね。モロッコのタジン料理にはシナモンやクローブとか入ってるし、中国ではクミンや唐辛子が日常的に使われています。つまり、単一スパイスとの関わりが強いんですよね。

だけど、日本では様々なスパイスがミックスされているカレー粉やルウが先に広まったので、クミンやクローブを単体で渡されても特性や使い方がわからないという状態になったんだと思います。まぁ、それは仕方ないですよね。ルウは便利だし、美味しいですから。

スパイス料理を学ぶ術がなかった90年代の日本

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——スパイスとの接点が少ない日本で生まれ育った伊藤さんが、スパイス料理のお店をはじめたきっかけは何だったのでしょうか?

伊藤:えーっと、そもそものきっかけは旅だったんですよね。学生の頃、海外で一人旅をしていたときに、世界一周をしている同世代の人や、何年間も旅を続けているという老夫婦と出会って。そういう人たちの話を聞くうちに、僕も世界一周に憧れるようになったんです。

ただ、当時は日本の企業は世界トップレベルだといわれていた時代で、そういう大企業に入るには新卒の一回しかチャンスがありませんでした。だから、まずはその世界を覗いてみようと思って就職したんですよね。だけど、世界一周に行きたいという気持ちは揺るがなかったので、会社を4年で辞めて、ルートも目的も決めずに旅へ出ました。それが27歳のときのことです。

——その旅では、どんな国を訪れたんですか?

伊藤:世界一周の旅は、3年半で48カ国に行きました。最初の1年はワーキングホリデーでニュージランドに住み、そこから中国、東南アジア、中東、インド、アフリカ、ヨーロッパ、北米、中米、南米と回ってきたんですよね。

そうして各地でいろんな人と出会うなかで印象的だったのが、向こうの人って「自分はプログラマーだ」とか「学校の先生をしてる」という言い方で自己紹介をするんですよ。それを見てて、僕は自分が何者であるかを語れないってことを痛感して……。だから、旅のなかで何者かになりたいと強く思うようになったんです。そのときに考えたのが、料理人という道だったんですよね。

——もともと料理はされてたんですか?

伊藤:そうですね。自分で作るのも好きだし、いく先々で各国の料理をするのも楽しみにしてました。歴史や遺跡にはあまり興味がなくて、旅の間も観光地に行くよりは、地元の市場に行って食材を眺めたり、仲良くなった人の家でローカルの料理を教えてもらったりもしてたんですよね。

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伊藤:料理をやるからには、ちゃんと現場で仕事を学んでたたき上げの職人になりたかったので、帰国後は小さなイタリアンレストランで修行をさせてもらいました。自分はもう30手前だったんですけど、18歳、19歳くらいの若い子らと一緒に仕事を覚えていったんです。

——そこから本格的に料理人への道がはじまったんですね。

伊藤:ええ。当時、自分がやりたい店として思い描いていたのは、世界各国の料理が食べられる、旅行者が集まるようなカフェでした。世界中にそういうカフェがいっぱいあって、ネットのない時代には、そういうところに面白い情報が集まってたんです。そんな場所を東京でも作りたいなと思って。

だけど、いざ料理業界に入ってみたら、広く浅くでは通用しないってことが一瞬にしてわかりました。そんなんじゃ勝負に勝てないなって。特に僕の場合は30歳目前という年齢で既に出遅れていたので、ひとつのことに特化しようと思いました。そこでまだ誰もやっていないジャンルを考えて、思い当たったのがスパイス料理だったんです。

外国でスパイス料理を食べたり作ったりして面白いなと思ってたし、日本ではカレーが国民食といわれているけど、自分も含めてスパイスのことは全然知らないなと思って。世界ではカレー以外にもこれだけたくさんの料理にスパイスが使われているのに、日本では誰もそれにフューチャーしていない。じゃあ、スパイスに特化したお店をやろうって考えたんですよね。

——それがいつくらいの時期だったんですか?

伊藤:1998年くらいですね。ただ、当時の日本にはスパイス料理の勉強ができる環境がなかったんです。イタリアンやフレンチの勉強ができる学校はあっても、インド料理の学校はありません。料理教室みたいなものはあっても、プロとして習うような場ではない。現場で修行しようにも、インド人やスリランカ人がやっている飲食店では日本人がキッチンに入れてもらえなかったんです。

そういう時代だったんですけど、九段下にあった『アジャンタ』というインド料理店だけは、日本にインドの食文化を広げていきたいという想いで、何人かの日本人に料理を教えていたらしいんですよね。そこから独立してインド料理のお店をはじめた方が何人かいるんですけど、そのうちのひとりの方の元で僕は修行をさせてもらえることになったんです。

更なる進化を遂げるため、旅と料理を繋げ続ける

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伊藤:インド料理のお店で2年修行をした後は、スリランカ料理のお店でも1年間勉強をさせてもらって、2003年にスパイスカフェをオープンしました。ただ、まだまだ実力的に至らない部分があると自覚していたので、1年に1ヶ月は休みをとろうと決めていたんです。

——実力が至らないから休みをとる……?

伊藤:はい。毎年2月はお店を閉めて、その期間はインドにスパイスの勉強をしにいくことにしたんです。観光は一切排除して、レストランやホテルの厨房に入り、朝から晩まで現地の人と一緒に働こうと思って。

——はぁ、つまり自分の料理をアップデートするために年に1回はインドで修行をしていたってことなんですね。

伊藤:そうなんです。とはいえ、いきなり現地に行っても修業先なんか見つからないわけですよ。

——そうですよね。どういうふうに見つけるんですか?

伊藤:騒ぐんです。

——えっ、騒ぐ?

伊藤:例えば、地元のローカルレストランで昼ごはんを食べるじゃないですか。そこで、「自分は東京でスパイス料理の店をやってるんだけど、本格的に学べる環境がないから、ここで勉強させてほしい! お金はいらない。なんなら、こっちから払うから!」みたいな感じで騒ぐんです(笑)。

それですんなり決まることはまずないんですけど、いろんな場所でそれをやってると、周りにいる人が集まってきて、「うちのいとこレストランやってるから、そこに連れてってやるよ」とか言ってくれる人が現れるんですよね。そういう人を通して、店に連れていってもらうと、すんなりと厨房に入れてもらえるんです。

——はぁ、すごい話だなぁ(笑)。体ひとつでいく料理の武者修行って感じですね。そういう修行のなかで学んできたものって、例えばどんなことなんですか?

伊藤:当時はSNSやYouTubeもなかったので、まずインドの街中にある飲食店の厨房内のことって、誰も知らないんですよ。その様子を見せてもらえるだけで、僕にとっては大きな価値がありました。実際に、現地ではどんなスパイスを、どのように使っているかが見れたので。

結局、年に1回のインド修行は10年以上続けました。最初はローカルレストランからはじまり、徐々に現地でのコネクションができていって、最終的には星付きレストランの厨房でも修行をさせてもらえて。そういう高級レストランにはスパイスマイスターみたいな方がいて、秘伝のスパイスブレンドを教えてもらったりもしました。お陰様で、自分の料理は着実にレベルアップしたと思います。

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夜のコースメニュー。その時期に旬な食材を使うため、メニューは月毎に変わる

伊藤:最近はあまりインド修行には行けてないですけど、別のかたちで旅と仕事をつなげることは続けていて。

——どんなことをされているんですか?

伊藤:2014年に『SPICE CAFEのスパイス料理』っていうレシピ本を出したのを機に、全国で料理教室をやることにしたんです。そこには僕なりの狙いがあって、全国各地の生産者の方々に会いたかったんですよね。世界各国には行ってきたけど、日本の各地方にほとんど行けてなかったので、そっちのほうに興味が出てきて。

それで、自分から営業をかけたり、地方の方に呼んでいただいたりして、各地で料理教室を開催したんです。そして、翌日には地元の生産者さんを紹介してもらうという旅を続けてきました。それがもうめちゃくちゃ面白かったんですよ。今まで知りえなかった生産者さんや食材と出会えるわけですから。実際に、そういう方々と取引をするようになったり、話のなかで得たヒントから新しいメニューを考案したり、海外修行とは違うかたちで旅と仕事を繋げてきました。

——じゃあ、スパイスカフェのメニューは、オープンしたときから着々と進化を続けているんですね。

伊藤:そうですね。どんどんブラッシュアップされています。さらに、今はもうひとつ次のフェーズを考えていて。今年から、地方で1か月のポップアップショップをやる予定なんです。

——別の地域で期間限定のスパイスカフェを開くってことですか?

伊藤:ええ。今までスパイスカフェは、僕がいない日にオープンしたことはないんですけど、今はお店を任せられるスタッフもいるので、新しいチャレンジをしてみようかなと思って。お店の営業はスタッフに任せて、僕はひとりで地方に行ってポップアップのスパイスカフェをやろうと思っているんです。既に1回目は、沖縄の名護市でやることが決まってるんですよね。

今までたくさん地方を回らせてもらったお陰で、各地に知り合いも増えました。地方にいくと生産者の方はもちろん、尖ったことをしている料理人の方とも出会うんです。そういう人たちとコラボして、新メニューの開発やポップアップショップの運営をできたらなと。

——その経験は、またスパイスカフェの料理にプラスの影響を与えてくれそうですね。

伊藤:きっとまた刺激になるなと思いますし、お互いにとってプラスになるといいですね。お金になるかどうかわからないけど、たぶんまだ料理人でそういうことをしている人はいないので、まずは自分でやってみようかなと思ってます。

料理人が熱い視線を注ぐスパイスの「テロワール」

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伊藤:国内外でいろんな飲食の現場を見てきて思ったんですけど、東京の食文化ってものすごいレベルが高いんですよ。僕が見る限り、世界トップレベルだなと思います。

——それは、味やサービスのレベルが高いってことですか?

伊藤:んー、レストランビジネスとしての成熟度って言えばいいのかな。だって、日本には世界にも評価されているフレンチのシェフがいるじゃないですか。そして、そういうところで修行を積んで、本場フランスで店を構えて、ミシュランで三つ星を取るような料理人もいるわけです。しかも、フレンチの業界は横の交流も盛んで、ある店のトップシェフが別のお店で研修をしたり、和食の有名店で勉強するなんてことも当たり前に行われているんです。

かたやインド料理を見てみると、インド本場で活躍してる日本人シェフはいませんし、国内でも横の繋がりは多くありません。つまり、まだまだ成熟してない業界なんです。言葉を選ばずにいえば、東京における各国料理の食文化は高いけど、インド料理はまだまだレベルが低い。そういう構図が見えてきたんですよね。

だから、僕は東京でも修行をしようと思って。数年前から、星付きのフレンチレストランや和食のお店で勉強させてもらうようになったんです。インド料理業界では、まだまだそういう動きが足りないと思うので。

——スパイス料理のお店をやっている伊藤さんが、フレンチや和食のお店で学ぶのって、どういうことなんですか?

伊藤:学ぶことはたくさんありますよ。フレンチにおける火入れの方法とか、食材の活かし方、取引きのある生産者さんのことなど、知りたいことはいくらでもあるので。

それと、僕が面白かったのは、フレンチのシェフや和食の料理人さんも、スパイスのことを知りたがってるってことでした。

——一方的に教えてもらうのではなく、お互いに渡せるものがあったんですね。

伊藤:そうなんですよ。経験や知識のエクスチェンジができることがわかって。特にフレンチは今、本国でも日本の発酵食品を使ったり、スパイスを取り入れるという新しい流れができてきてるんですよね。

——今までスパイス料理との交流が少なかった分、まだまだ開拓の余地がたくさんあるってことなんですかね。ちなみに、他の業界の方々が感じてるスパイスの魅力って、どういうところなんですか?

伊藤:これだけ食文化が成熟してきてるってことは、ある意味もう全部やりきっちゃってるってことなんですよ。フレンチや和食で今から新しい料理を作るのって、すごく難しいんですよね。そういうときにどうするかといったら、今までに使ってこなかった新しい食材を取り込んでいくしかなくて。そこで注目を集めるようになったのが、まだあまり深堀されていないスパイスなんです。

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伊藤さんが監修されたレシピ本。スパイスカフェでは、本に掲載されているレシピの分量に分けられたスパイスも販売されている

伊藤:以前、パリへいったときに、フレンチの有名シェフがオーナーをしているスパイス屋さんに立ち寄ったんです。そしたら、ビックリしたんですけど、ブラックペッパーだけで30種類くらいあるんですよ。インドのスパイス屋さんで扱っているブラックペッパーなんて、せいぜい2種類くらいですから。これはもう驚きました。今、フレンチのトップシェフは、そういうところに注目してるんだなって。

——スパイスの種類の違いにオリジナリティを求めて。

伊藤:そう、そう。たぶん、スパイス業界の人たちは、まだそこに目をつけてないんですよね。だから、僕は今、スパイスのテロワール(Terroir)に注目しているんです。

——スパイスのテロワール?

伊藤:ええ。その土地土地の環境だからこそできるスパイスの個性です。ワインってブドウの品種が同じでも、育てられた土地によって味が変わるじゃないですか。それと同じように、スパイスも育つ土地によって個性が出るんです。

それでひとつひらめいたことがあって。沖縄で料理教室をやってきたなかでいろんな知り合いができたんですけど、名護市に国産スパイスを作ろうとしている生産者の方々がいるんですよね。彼らは沖縄の国産スパイスを使ったカレー粉を作ろうとしていたんです。

——いろんなスパイスをブレンドして、オリジナルのカレー粉を。

伊藤:そうなんです。でも、僕は料理人として呼ばれていったので、「そこじゃないんですよ」って言ったんですよね。「一般の人をマーケットとして考えたらそっちのほうがいいのかもしれないけど、料理人が欲しいのはカレー粉じゃない」って。なぜなら、料理人は作るものに合わせて自分でスパイスをブレンドするからです。

そうじゃなくて、今、料理人が求めているのは単一の国産スパイスなんですよね。コーヒーでいうところのシングルオリジンみたいな、畑ごとに香りが違うもの。それってスパイスでも同じことができるじゃないですか。名護産のターメリック。もっといえば、◯◯さんの畑で作ったターメリックみたいなものが、これからは求められていくと思うんです。

——料理人の立場からすると、個性的なスパイスを見つけられれば、自分の料理のオリジナリティーに磨きがかかるわけですもんね。

伊藤:だから、カレー粉じゃなくて、単一の国産スパイスのほうがビジネスになるんじゃないかって話をしました。

これが精製された砂糖だったら全然話が違いますけど、スパイスは植物の種だったり、木の皮だったりするので。それはもう色濃く土地の個性が反映されるんですよ。だから、何年か後には、「名護の◯◯さんの作ったターメリック、めっちゃいいよね」っていう会話がされるはずだと僕は思っています。

スパイスが一般家庭のものになるために

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——伊藤さんがスパイスカフェをオープンした18年前と比べて、最近ではスパイスを売りにしたお店も増えてきています。スパイスカフェのホームページには、スパイスの楽しさや奥深さを伝えていきたいということが書かれていますが、お店の立ち上げ当時に思い描いていた状況に近付いているという実感はありますか?

伊藤:スパイスを扱うお店が増えてきたのは嬉しいですね。あとは、もっと家庭にもスパイスが浸透して欲しいなとは思います。そこはまだまだ遠い道のりだなと。

でも、イタリアンが日本で辿ってきた道を考えると、30年前には一般家庭でオリーブオイルなんか使われていなかったじゃないですか。「バルサミコって何?」っていうような状況だったと思うんですよ。それが今やオリーブオイルもバルサミコも珍しいものではなくなりましたよね。同じように、一般家庭にもクミンやガラムマサラが当たり前に置かれる時代はくると思っています。

——現状、スパイスが日本の家庭に浸透しきれていない理由は、どういうことだと思われますか?

伊藤:今、スパイスから作る基本的なカレーの料理教室をやると、すごい人気なんですよ。本屋さんに行っても、スパイス料理のレシピ本がたくさん並んでいるじゃないですか。そして、その多くが「初めてのスパイス料理」とか、「たった4種類でできるスパイスレシピ」といった超ビギナー向けのものなんです。

——ああ、そういう優しい入り口が、今までは足りてなかったんですかね。

伊藤:それもあると思いますし、まさに今、スパイスに対する興味関心の流れっていうのが出はじめたばかりなんじゃないですかね。この流れが広がっていけば、将来的にスパイスは誰の家にもあるものになっていくし、自分の好みに合わせて調合する人も増えてくるんじゃないかと思います。

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——初心者向けの料理教室では、スパイスのどんな魅力を伝えているのでしょうか?

伊藤:僕が料理教室をするときに、毎回心に決めてるのは、「スパイス単体を知ろう」ってことです。

——「このスパイスは、こんな特徴がある」っていうのを知るところからはじめるってことですね。

伊藤:はい。先ほどもお話ししたように、日本のスパイス文化はカレー粉やカレールウから始まったので、スパイス単体の特性を知らない方が多いんです。うちでは前に、クミンを入れたキャロットラペを出してたんですけど、それを食べたときにお客さんが「カレーの香りがする」っていうんですよ。「クミンの香りがする」っていう人なんてほぼいません。

確かに、日本人がイメージするカレーの香りってクミンなんですよね。でも、その香りがクミンのものだとはあまり知られていない。だからこそ、これをいつの日かクミンの香りって言ってもらえるようになりたいなと思って。目指しているのは、そういう浸透です。

——そういう個性を知ると、料理にも取り入れやすくなりそうですね。

伊藤:そうなんですよ。クミンの香りがわかるようになれば、この料理にあの風味を足したいからクミンを入れようってことが考えられるじゃないですか。「醤油が足りないから、少し足そう」っていうのと一緒ですよ。

入れるとどんな風味になるかを知る。それで初めて自由に使えるようになるわけですから。レシピを見ながら計量しないと使えないっていうのは、まだスパイスを知った内に入らないので、まずはそこから覚えてもらえたらいいなと思っています。

伊藤さんに聞く、旬の簡単スパイスレシピ

取材の最後に、伊藤さんから初心者でも簡単に作れるスパイス料理を教えていただきました。

今が旬の菜の花と、マスタードシード、赤唐辛子、ターメリックという3つのスパイスを使った簡単で美味しいレシピです。是非、お試しください!

「菜の花とマスタードのごま油炒め」
【材料】(一皿分)



菜の花 1束
赤唐辛子 1本
マスタードシード 軽くひとつかみ(小さじ2程度)
 ※コリアンダーシードやクミンシードで代用可
ターメリックパウダー 少々
サラダ油 大さじ1
ごま油 小さじ1
レモン 1/6個
塩 ひとつまみ

①菜の花を茹で、食べやすいサイズ(2~3㎝程度)に切る。レモンは絞りやすいように、くし切りにしておく。

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②フライパンにサラダ油、赤唐辛子を入れ、火にかける。強火で赤唐辛子が茶色くなるまで加熱し、香りを立たせる。

③マスタードシードを加え、パチパチと音がしたらすぐに菜の花を加える。さらに、ターメリックパウダー、塩を入れて炒める。

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ポイントは、マスタードシードがはじけきる前に菜の花を入れること。菜の花を加えることでフライパンの温度が下がり、マスタードシードの色味が綺麗に保たれる。

④レモンを絞り、ごま油をひとまわしかけて、器に盛る。

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香り豊かな、春の一皿が完成! マスタードシードを、コリアンダーシードやクミンシードで代用することも可能。お好きなスパイスでアレンジを楽しんでくださいね。


取材・文:阿部光平/撮影:高澤梨緒 /編集:エスビー食品note 

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