「スパイスは主役じゃなくたっていいんです」ゼロワンカレーA.o.D店主・立田侑志さん―スパイスを語る
東京・三田にお店を構える南インド料理店『ゼロワンカレーA.o.D』。看板メニューである「ミールス」は、南インドで“定食スタイルのプレート”を意味し、ライス、カレー、汁物、副菜などを自分好みに混ぜて、味の変化を楽しむ料理です。 今回は、店主の立田侑志さんに、スパイスとの出会い、南インドを旅して学んだこと、そして「ヒントは“スパイス以外”にあった」という独自の料理哲学について、たっぷり語っていただきました。
「スパイス」と「うま味」のバランス問題
──まず、立田さんがスパイスに興味を持ったきっかけから教えていただけますか。
立田 大学時代、一人暮らしを始めたのを機に自炊するようになって。その時に料理の楽しさを知ったんですが、徐々にエスカレートして、時間と手間のかかる料理をするようになったんです。その延長線上でインド料理に興味を持って、試しにネットで本場のレシピを調べてバターチキンカレーをつくってみたんですが、「これ!」という味に仕上がらないんですよ。レシピがよくないのか、それともつくり方が悪いのか、それすらも分からずに試行錯誤を繰り返していました。
──何が原因だったのでしょうか?
立田 例えばコンソメスープで言うと、スープ自体に素材のうま味が入っているからこそ、「何か物足りないな」と感じたら塩味や甘味を足すとか、調整が効きますよね。でもインド料理には、そもそもうま味が入っていません。チキンカレーだったら、鶏肉を煮込むだけで、鶏ガラなどからスープのストックを取るわけではないんですよね。だから動物性のうま味に乏しい。ではスパイスでおいしくすればいいのかというと、スパイスは香りづけなどに使うものだから、それ自体にうま味があるわけではありません。
──インド料理のおいしさの秘密は、スパイス以外にあるんじゃないか、と。
立田 ちょうど僕がそうした謎を抱えていた時に、のちのスパイスカレーブームにつながる「大阪スパイスカレー」の黎明期が始まったんです。ただ、当時の大阪スパイスカレーは、例えば山椒などの和のスパイスを取り入れるなど、お店ごとのオリジナリティが強く、インドカレーとはまた異なるものが主流でした。それが2012年ぐらいの出来事なんですが、僕も縁あって、大阪でスパイスカレー専門店「ゼロワンカレー」を始めるんです。
──その時点で「スパイス・うま味のバランス問題」は解決されていたんですか?
立田 いえ、まだ解決されていませんでした。もちろん、他のお店に負けないスパイスカレーを出せていたんですが、自分的に納得のいく味ではない。スパイスの配合なども研究していたものの、うま味を立たせようとすると今度はスパイスの香りが立たないみたいな、二律背反に陥ってしまって。「これはスパイスの本場・インドに行かなきゃいけない」という結論に達したんです。
食材の宝庫・ケララ州との出会い
──そうしてインドへ向かった立田さんですが、インドの中でも南部の「ケララ州」の料理に大きな影響を受けたそうですね。なぜケララだったのでしょうか?
立田 南インドに行くルートはいろいろあるんですけど、マレーシア経由でケララ州のコーチン国際空港に行く経路が便利なんです。それでケララ州に到着して現地で食べたご飯が、本当においしかったんですよ。その後、タミル・ナードゥ州、アーンドラ・プラデーシュ州、カルナータカ州などにも行ったんですが、エリアごとに料理が全く違っていて。いろいろ食べ歩いてみたんですが、やっぱりケララで食べた料理が一番おいしかったんです。
──ケララ州は他の地域と何が違ったんですか。
立田 まず、食材の宝庫であるということ。ケララはスパイスの産地で、山岳地帯に行くとスパイス農園がたくさんあります。また、ケララは細長い州なんですけど、海岸部に行くと魚介が豊富で、ココナッツの生産量も多いんです。さらに宗教上のタブーも少ないので、牛肉料理もありますし、南部に行けば豚肉料理もあります。他のエリアに比べると調理法も豊かだし、使い方をケチらない。食材もオイルもスパイスも、安価で入手できるからいいものをぜいたくに使うんですよね。安いご飯屋さんでもおいしいお店ばかりですから。
──現地では、どのように料理を学んだんですか?
立田 初めて南インドに行ったときは、ケララ州のホテルのキッチンで1、2カ月ただ働きさせてもらいました。その経験も勉強になったんですけど、以降はもっぱら食べ歩きながらの独学です。その時に、これまで試行錯誤してきた経験が活きたんですよね。
──どういうことでしょう?
立田 「試してみたけど上手くいかなかった」という経験の積み重ねが、ある意味で予習になっていたというか。失敗したレシピのデータが蓄積されているので、南インドのお店でおいしい料理を食べたとき、「この味を出すにはこうすればいいんだ」と大体の見当がついてくるんですよ。あと当時よくやっていたのが、キッチンが使える安宿を借りて、おいしかった料理に出会ったら、すぐに地元の市場で食材を買ってきて再現する。そうすることで、お店で修業しなくても効率的に学ぶことができました。
本場のレシピは、日本だとイマイチ?
──先ほど「南インドはエリアごとに料理が全く違う」というお話がありましたが、スパイスの使い方も違うのでしょうか。
立田 インド全体で言うと、北と南で全然違うのはもちろんですが、南の中でもケララはこう、タミルはこうと違っていて、使い方が混じり合わないんですよね。南インドを一周したときに面白かったのが、例えばケララとタミルそれぞれの州境の町では、隣り合っているのに料理の味が明確に違うんです。
──具体的な違いを教えていただけますか。
立田 まず南インド料理全体の特徴として、コリアンダーが強く、スパイスもコリアンダーパウダーをベースとして使います。それがケララでは、コリアンダーパウダーとベースとなるスパイス以外は、食材のアロマを活かす傾向にあるんです。特にココナッツの風味が強いですね。これがタミルになると、明らかにココナッツ感が減って、その代わりにクミンやフェンネルなどのスパイスがちょこちょこ入ってきます。あくまで大雑把な括りで、同じ州でもエリアによって、また変わってきますけどね。
──そのエリア独特のスパイスの使用法などもあるんですか?
立田 あります。例えばタミル・ナードゥ州のチェティナード地方では、カルパシという苔をスパイスとして使っているんですけど、ほぼチェティナード料理でしか使いません。ちなみに、ミックススパイスをつくるときは、カルパシを軽く焙煎して挽いてあげると、すごくよい香りが出ます。また、ケララ州では、スリランカでもよく使われるコカムというスパイスを、魚と一緒に煮込んで臭み消しに用いています。ゼロワンカレーA.o.Dでも夏限定で、コカムを使ったフィッシュカレーを出していますよ。
──南インドで学んだスパイス使いを日本で活かすにあたっては、どんな工夫をしているのでしょうか。
立田 日本と南インドでは手に入る食材が違いますから、自然とスパイスの使い方も変わりますね。以前、100%南インドの食材だけでカレーをつくってみたんです。確かに現地で食べた味そのものでおいしくできたんですが、日本の気候で食べるとイマイチなんですよ。南インド料理はあの気候で食べてこそ、本領発揮するところがあるんです。だから日本でつくる場合は、味を“ずらす”必要性が出てきます。
──日本人の味覚に合わせるということですか?
立田 いえ。スパイス以外の、微妙な味の調整でいいんです。チキンカレーを例に出すと、産地によって鶏肉の風味や水分量も違うので、それに応じてレシピをアジャストさせていくイメージですね。
「混ぜて食べる」なら、スパイス感は控えめでいい
──ところで、ゼロワンカレーA.o.Dの看板メニュー「ミールス」は、南インドとは大きな違いがあるそうですね。
立田 うちのミールスは混ぜて食べることを計算してつくっていますが、南インドのミールスは混ぜて食べることを前提につくられていないんですよ。初めて現地でミールスを食べたときも、すごくおいしかったんですけど、混ぜたら「おいしくないな」と感じたんです。これは、日本で言う「のっけ丼」のような考え方で、カレーをかけてもいいし炒め物で食べてもいいけど、混ぜたときのハーモニーは念頭にない。「どうお米をがっつり食べるか」が、南インドのミールスなんです。
──立田さんは、あえて南インド流のミールスにしなかったと。
立田 それでは面白くないと思ったんです。南インドのあちこちを旅して食べ歩く中で、「こう混ぜたらおいしくなるであろう」組み合わせもだんだん分かってきました。だったら「最初からごちゃまぜに食べてもおいしくなるようにつくろう」と。それで2014年頃、大阪のゼロワンカレーでもミールスを始めたんです。
──お客さんの反応はいかがでしたか?
立田 正直、最初は反応がよくなかったですね。なぜなら、大阪スパイスカレーで主流だったのが「あいがけカレー」で、2、3種類のカレーを一皿に盛って、それぞれのカレーにしっかりと店主オリジナルブレンドのスパイスを効かせるんです。でも僕がつくるミールスは混ぜるのが前提なので、そこまでスパイス感が立っていない。スパイシーではあるけど、そこにフォーカスしていないので、大阪スパイスカレーを食べ慣れている人たちからすると「物足りない」という声が多かったんです。だからこそ、スパイス感の立ったカレーが苦手な人を中心に、少しずつ支持を得ることができたんです。
おいしさの秘密は「スパイス以外」にあった
──お話を聞いて、立田さんの中でスパイスは決して「主役」ではないということが分かりました。
立田 インド料理においてスパイスは分かりやすいキーワードですけど、おいしくつくるためには、“スパイス以外”のところにも注目しなきゃいけないんです。本日ご用意した「松阪牛すじのカレー」も、さまざまなスパイスを使っていますが、実はスパイス以外の部分にフォーカスした煮込み料理なんです。スパイス以外とは何かというと、食材のアロマですね。
──「食材のアロマ」というワードは、先ほどケララの特徴でも出てきましたね。
立田 もともと日本人はスパイスを使わない民族で、使っても山椒などをサブ的に使う程度でした。食材そのもののアロマを大事にする文化が日本にはあるんですよね。だからこそ、日本人は「食材」と「スパイス」を分けて考えがちなんです。僕自身、南インドに行く前は、そういった凝り固まった考え方をしていましたから。
──それが冒頭のお話にあった、思うような味のインドカレーをつくれなかった原因ということですか?
立田 その通りです。インドでは、粉末状かホールかの違いだけで、一般的にスパイスと言われているものと食材の間には、ほとんど区切りがないんです。つまり、スパイスも食材の一つでしかないんですよ。料理を長くやっていて思うところは、スパイスばかりにフォーカスして香りやバランスばかりを考えていると、スパイスが立ちすぎて全体のバランスが崩れちゃうんですよね。これまでの失敗を振り返ると、うま味の総体量が少ないからスパイスで何とかしようとする、それが間違いのもとだったんです。
──松阪牛すじのカレーも、まず牛すじのうま味が先にあって、後からほんのりとスパイスを感じられる味ですね。
立田 この料理の特徴の一つが、スパイス由来のマスタードオイルです。料理のトータルバランスを考えたときに、松阪牛が持つ豊富なアロマに加えて、もう一つフックのあるアロマが欲しくて。食べたときに、どこからがマスタードオイルのアロマで、どこからが松坂牛のアロマか分からないですよね。スパイスだけにフォーカスすると、こういう深みのある味わいにはならないんです。
──最後に、料理でのスパイスの使い方において、立田さんは何がもっとも大事だと考えていますか?
立田 スパイスってつまり、日本で言うところのしょうゆや味噌と同じ役割だと思うんです。重要だけど決して主役ではなく、いかに食材と地続きに考えて食材の持つアロマとなじませられるかが、僕にとっての大事なポイントです。個人的には、栄養学的視点からのスパイス分析にも関心があるので、スパイスへの興味はまだまだ尽きないですね。
文:猪口貴裕 / 撮影:山﨑悠次
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