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0歳から90歳までスパイス料理を食べに訪れる 「インド料理をみんなのものに」する食堂、アンジュナ店主の想い

#スパイスとわたし 」は、スパイスを愛する方に、スパイスの魅力について語っていただく、連載企画です。 スパイスの楽しみ方は十人十色。みなさんが感じるスパイス料理の楽しさをぜひ教えてください!  今回は、高幡不動にある人気のインド料理屋、アンジュナの藤井さんのもとへ伺いました。聞き手は、阿部光平さんです。

インド料理といえば、スパイスの利いた刺激的な味わいというイメージがあります。

だから、〝0歳から食べられるインド料理〟というコンセプトを聞いたときにはとても驚きました。「インド料理」と「子ども」という2つが上手く結び付かなかったからです。

「インド食堂アンジュナ」の店主である藤井正樹さんは、娘さんが生まれたときに子連れで食べに行けるインド料理店がないことに気づいたといいます。
そこで、子ども用に辛くないバターチキンカレーを考案。
自分のお店では、家族でインド料理を楽しんでもらいたいとの想いから、誰でも美味しく食べられるメニューを作り続けています。

実際、藤井さんのお店には、0歳から90歳までという幅広い年齢層のお客様がいらっしゃるそうです。
老若男女が楽しめるインド料理店は、いかにして誕生したのか。学生の頃から40年に渡ってインド料理に関わってきた藤井さんにお話を伺いました。

登場する人:藤井正樹(ふじいまさき)
「インド食堂アンジュナ」店主。1959年青森県八戸市生まれ。九段下の「アジャンタ」で南インド料理を学び、神田「るんびに」を経て、約3ヶ月間インド全域食べ歩きの旅を経験。帰国後、八戸市「ポレポレ」で赤坂の「モティ」出身のシェフに、浦安「チャンドゥー」でインド高級ホテル出身のシェフに師事する。2000年4月に「インド食堂アンジュナ」を開店。インド各地の料理の研究や新しいインド料理の可能性を日々追求している。Twitter: @anjuna18 

「まかないが食べたくて」インド料理店でホールスタッフに

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——藤井さんは、学生時代にインド料理店でアルバイトをはじめたのがスパイスとの出会いだったと伺いました。そもそもインド料理店でアルバイトしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

藤井 僕がアルバイトをしてたのはアジャンタというインド料理店だったんですけど、当時はそこがどんなお店かもあまりわかってなくて(笑)。ただ、まかないでご飯が食べられるところがよくて、飲食店で働こうと思ったんですよ。

——そうなんですね(笑)。料理に興味があったわけでもなかったんですか?

藤井 全然なかったですね(笑)。単純にまかないのあるアルバイトを探してたっていうのと、大学から通える範囲の場所ってことで見つかったのが、たまたまインド料理店だったんです。

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——それって、今から何年前のことですか?

藤井 ちょうど40年前ですね。その頃はインド料理専門店というのも珍しくて、僕自身インド料理がどういうものなのかもわかっていませんでした。

だから、アジャンタで初めてまかないを食べたときもビックリしたんですよ。チキンカレーを出してもらったんですけど、辛すぎて食べられなくて。ただ、ここの料理は素晴らしいという直感はありました。

——辛すぎて食べられなかった料理を素晴らしいと感じたのは、なぜだったのでしょう?

藤井 衝撃があったんです、スパイスの。ひとつひとつのスパイスの刺激が、今までに体感したことのないもので、「あぁ、これが本当のカレーなのか」と衝撃を受けました。

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——アジャンタさんのカレーに衝撃を受けたことが、インド料理の道に進むきっかけになったんですか?

藤井 いやいや、当時は料理の道に進もうとは思っていませんでした。学生の頃は芝居をやっていて、あまり授業に出てなかったせいで単位が足りず、大学を辞めることになったんですよね。

親からは地元に帰ってこいって言われてたんですけど、ちょうどそのときにアジャンタが軽井沢で夏季限定のレストランをやってて。そこに誘われたので、実家には帰らず、逃げるようにして軽井沢へ行ったんです。

——へぇー! まったく予想していなかった展開に驚いてます(笑)。

藤井 ははは(笑)。それまではホールのバイトだったんですけど、軽井沢で少しだけ先輩からインド料理について教えてもらったんですよね。その後で、アジャンタのキッチンでコックが足りないという話になって、僕もやらせてもらうことになりました。

役者は25歳になるまでに芽が出なかったらやめようと思ってたので、そこからは料理一本でやっていくことにしたんです。

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——では、実際に自分でも厨房に立つようになってから、だんだんとインド料理にのめり込んでいったんですね。

藤井 まぁ、最初は面白いっていうより、とにかく必死で食らいついてた感じでしたけどね。当時のアジャンタって、具体的な料理の作り方までは誰も教えてくれなかったんですよ。スパイスの分量も「ワンハンド」というような表現でしたから。

——ひと掴みって、人によって加減が違うから難しいですよね。

藤井 そうなんですよ(笑)。だから、もう見て覚えるしかないんです。その場でメモをとるなんてこともできなくて、インド人シェフの仕事を盗み見て、あとから思い出して書きとめるっていう。その繰り返しでした。

しかも、人によって同じメニューでも作り方が違ったりするんですよ。ベースの部分は一緒なんですけど、カレーの濃度やスパイスの使用量が違ったりして。そういうなかで仕事を覚えるのは、なかなか大変でしたね。

インド全域食べ歩いて感じたのは、家庭料理の魅力

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——インド料理をやっていくと決めてから自分のお店を持つまでには、どのような経緯があったのでしょうか?

藤井 料理の勉強と資金を貯めるために、いろんなインド料理のお店で働いてました。それで30歳くらいのときに、インドに行ったんですよ。

——現地の味や調理法を勉強するためにですか?

藤井 勉強っていうよりは、インドを全部見てみたかったんですよね。それで、深夜バスで移動して、その街を1日かけて見て回り、また次の街に行くみたいな感じで、インドを一周してきたんです。

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▲インド旅の相棒として持っていった地図を手に話す藤井さん。赤いペンで丸く印をつけている場所は、すべて食べ歩きで訪れた街なのだそう

——その旅で得られたのは、どんなものだったのでしょうか?

藤井 インド料理は、インド人女性が作った家庭の味が1番美味しいってことですね。

——はぁー、そうなんですね。

藤井 もちろん、レストランにも美味しい店もあれば、美味しくない店もあったんですけど、やっぱり家庭の味が1番でした。

——レストランと家庭の味では、どういうところが違うんですか?

藤井 んー、なんですかね。やっぱり愛情なのかな。味が柔らかいんですよ。

作り方の部分でも、レストランと家庭料理とでは違います。レストランでは、日持ちさせるための火の入れ方や素材の使い方をしますが、家庭料理は作ってすぐに食べることが前提じゃないですか。だから、食材の味がストレートに出ていて、使うスパイスも多くないのに美味しいんです。そういう料理って、やっぱりインド人の女性がやると違うんですよね。

——確かに、作り方の違いによる差っていうのはありそうですね。

藤井 スパイスは使うときに石のローラーで潰して、新鮮な状態のままショウガやニンニクと混ぜ込んでくとか、そういう感じの作り方をしますよね。向こうの家庭では。スパイスにも鮮度があるので、それを活かすことで香りの立ち方がよくなるし、料理も美味しくなるんですよ。

〝0歳から食べられるインド料理〟とは?

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——アンジュナさんは、〝0歳から食べられるインド料理〟というコンセプトを掲げてますよね。これは、どのようにして生まれたのでしょうか?

藤井 うちは娘がいるんですけど、小さい頃ってインド料理店に行っても食べられるものがないんですよね。そういう状況って、インド料理に接する機会を狭めてるじゃないですか。それはもったいないなと思って。

うちでは娘が0歳のときから、辛くないバターチキンカレーを作って食べさせてたんです。娘も喜んで食べてくれてて。なので、小さいお子さん連れでもインド料理を楽しんでもらえるように、家で作っていたバターチキンカレーの進化系をお店で出すことにしたんです。

——じゃあ、アンジュナさんのバターチキンカレーは、藤井家の家庭料理ってことなんですね。

藤井 そうですね。辛くないスパイスを使ったり、ショウガやニンニクの分量を抑えめにしたり、カシューナッツのペーストを混ぜたりと、いろいろとアレンジしながら作ってます。

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——実際、アンジュナさんでは小さなお子さん連れのお客様も多いですか?

藤井 そうですね。うちはもう0歳から90歳を過ぎた方まで、本当に幅広い世代のお客様がいらっしゃってくれます。もともと子育て世代や高齢者世代が多いエリアなので、親子3代で来てくださる方もいますね。

——親子3代でインド料理を食べに! それは、他ではあまり見かけない光景ですね。

藤井 うちはオープンして22年目になりますけども、最初からそんな感じですね。なので、ちょっとずつ食べやすいように調整もしています。

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——ちなみにインドの家庭のお子さんって、辛い料理を食べてるんですか?

藤井 いや、食べないです。

——あ、食べないんですね。

藤井 辛い料理を食べるようになるのは、ちょっと大きくなってからですね。0歳児は、ミルクを煮つめて作ったお粥みたいなものを食べたりしてます。あとは、パンにミルクを浸したりとか。そんな感じの優しい食べ物ばっかりですね。

——そこは日本とあまり変わらないんですね。

藤井 スパイスを使った料理を食べることもありますけど、スパイスって辛いものばかりじゃないですからね。

それに、勘違いされてる方が多いんですけど、インド人ってそんなに辛いものを食べないんですよ。ある程度の辛さはありますけども、そこまで強烈な味付けではありません。

40年経っても新鮮な驚きがある、スパイスの底知れなさ

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——インド料理店でアルバイトをはじめたときから40年ということですが、今、藤井さんが思っているスパイスの面白さってどんなところですか?

藤井 んー、どう言えばいいんだろう……。自分でレシピを作ったり、アレンジをしていくなかで、どんなスパイスを組み合わせるかを考えるのは、やっぱり面白いですね。

インド料理にも基本はあって、魚料理はこのスパイスとか、マトンにはこれみたいな組み合わせがあるんですけど、そこをベースにしつつもアレンジの幅はあるのは面白いなと思います。

——藤井さんも修業時代に、同じメニューでもシェフによって作り方が違うのを目の当たりにしてきたとおっしゃってましたもんね。

藤井 そうですね。基本には沿いながらも、人によって作り方はまちまちなので、自分が目指す味に向けていいとこ取りをしていくというのがスパイス料理の面白さだと思います。

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——40年もインド料理に関わってきても、スパイスにはまだまだ開拓の余地がありますか?

藤井 全然ありますね。僕なんか、たぶんスパイスの2割もわかってないと思います。昔、一緒に仕事をしていたインド人シェフがやっている料理教室に参加することがあるんですけど、レシピがすごすぎて、毎回驚きの連続ですから。

——それは、藤井さんでも考えつかないようなスパイスの組み合わせがあるってことですか?

藤井 それもありますし、「このスパイスって、こんなふうにも使えるんだ」っていう、今までまったく知らなかったような調理法があったりして。スパイスの組み合わせ方、火の入れ方、素材との相性など、まだまだ知らないことだらけです。

——スパイスって種類だけでもたくさんあるのに、そこに組み合わせ方や調理法のバリエーションまで加わると、無数のパターンになりそうですね。

藤井 もう、レシピは無限ですよ(笑)。インド料理の作り方は人によっても、地域によっても違うので、本当に数限りないと思います。

——日本人シェフが独自の解釈で作っているカレーもありますもんね。

藤井 そうですね。コロナの影響もあって、ここ数年は開催できてないんですけど、『LOVE INDIA』というイベントがあるんですよ。

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藤井 僕も参加してるんですけど、インド料理店をやっている日本人シェフがそれぞれ1品ずつ持ち寄って、ひとつのターリーを作るってことをやっていて。そこでも日本人がインド料理を作るんだから面白いレシピを考えようってことで、いろんな議論や試行錯誤をしています。

——それはみなさんプライベートで、お店がお休みの日にやっているんですか?

藤井 だいたいそうですね。インド料理が好きだからというのと、自分がこの仕事していく上で必要なことでもあるので。まぁ、うちのかみさんに言わせると、「それも遊びのひとつでしょ」みたいな感じなんですけど(笑)。

「ナンもキーマも通じなかった」昔と、藤井さんが目指すもの

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——最近、カレーがすごく盛り上がってるなという印象があるんですけど、一方で家庭にはなかなかスパイスが普及していないなと思って。藤井さんは、この40年でスパイスを取り巻く環境の変化を、どんなふうに感じていますか?

藤井 家庭で日常的にスパイスを使うっていうのは、やっぱりまだまだ少ないですよね。だけど、ルウで作ったカレーに、ちょい足しでガラムマサラやクミンを入れるみたいなことをしてる人は、40年前と比べたらずっと増えてると思います。

それに、今は「キーマ」とか「ナン」とかって言葉が伝わるじゃないですか。スパイスの名前も徐々に知られるようになってきてますよね。でも、昔は、それが何なのかを全部説明しないといけないような状態でしたから。

——「キーマとは何か」ってところから説明しないといけなかったんですね。

藤井 そうそう。そういうのが広く認識されるようになったのは、本当にメーカーさんの力が大きいと思います。

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藤井 あとは、調理師学校でスパイス料理を教える時代がくるかどうかですね。調理師学校で教えているのは和食、洋食、中華だけで、インド料理っていう枠はないですから。そこが変わったら、スパイスもかなり身近な存在になると思います。ただ、今はまだそこまで必要とされてないのかなって感じがしますけどね。

——アンジュナさんは今年で22年目とのことですが、藤井さんが思い描いている今後のビジョンがあれば聞かせてください。

藤井 これはオープンしたときからずっと変わってないんですけども、インドカレーやスパイスをもっと身近なものにしていきたいんですよね。だから、これからも〝普通の人が食べられるようなインド料理〟を提供していきたいと思っています。

——普通の人が食べられるようなインド料理。

藤井 はい。食べやすい料理を目指していくと、僕個人としての好みからはちょっと外れていく部分もあるんです。だけど、お店をやっている以上、お客さんに食べてもらえないのは悲しいじゃないですか。

だから、マニアックな方向に進むのではなく、普通の人が食べられるようなインド料理を出したいんです。そういうところから、少しずつでもインド料理が広まっていけばいいなと。そういう想いで、ずっとやってますね。

——インド料理がカレー好きの人たちだけのものになるのではなく、老若男女楽しめるものになってほしいということですね。

藤井 ええ。そうなっていけばいいなと思ってますね。

藤井さんご紹介レシピ スパイスが優しく香る「マサラオムレツ」

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今回は、藤井さんに、アンジュナのメニューのひとつ「マサラオムレツ」のレシピを家庭で作りやすいようにアレンジしてご紹介いただきました。

ローストクミンとブラックペッパーがふわっと香る、アンジュナらしいインドの家庭の味を思わせるような、優しい風味のオムレツ。玉ねぎとトマトの甘みの中で、ぴりりと青唐辛子が顔を出します。ぜひお試しください!


【材料】(1~2人分)

卵(L) 2個
玉ねぎ(中) 1/4個(25g)
トマト(中) 1/8個(20g)
青唐辛子(中) 1本
サラダ油 大さじ1

S&B マスタードシード 1つまみ
S&B クミンシード 2つまみ
S&B ブラックペッパー(あらびき) 1つまみ
S&B ガラムマサラ 2つまみ
塩 小さじ1/2
ギーまたは澄ましバター 小さじ1

【作り方】

1、(ローストクミンパウダーの作り方)クミンシード1つまみを乾いたフライパンに入れ、乾煎りする。香ばしい香りが立ち表面に軽く油が滲むくらいまで煎ったら、すぐに別の器に移し粗熱を取ってスパイスミルなどで挽いておく。

2、玉ねぎはスライス、トマトはダイス、青唐辛子はへたを取って小口切りにし、ボウルに入れる。

そこに卵を割り入れ、塩、ブラックペッパー1つまみ、ガラムマサラ1つまみを加え、菜箸などで全体が均一になるようにかき混ぜておく。

3、フライパンに油を熱し、マスタードシード1つまみを入れ弾けたらクミンシード1つまみを加え、パチパチしたら直ぐに混ぜた卵液を流し入れる。

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4、全体を素早くかき混ぜたら中火にして、半分くらい火が入るまで焼く。

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5、フライ返しなどでひっくり返して裏面も焼く。

6、皿に取り、ギーまたは澄ましバターを表面に軽く塗り、ガラムマサラ1つまみ、ローストクミンパウダー1つまみをふりかける。 

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マスタードシード、クミンシード、ブラックペッパーで香りづけをし、ガラムマサラで辛みをつけるマサラオムレツ。野菜とスパイスの食感がアクセントになり、冷めても美味しいです。

ローストクミンパウダーを用意すれば、5分程度で調理できるので朝食にもおすすめ。ぜひ作ってみてください!


取材・文:阿部光平/撮影:高澤梨緒 /編集:エスビー食品note 

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