スパイスで新しい表現を追求し続けたい。「創作カレー MANOS」遠藤僚さん—スパイスとわたし
白味噌、柚子、トッポギ……これらがまさかスパイスカレーの具材だと思う人はいないでしょう。
三軒茶屋と下北沢を結ぶ茶沢通り、駅近くの喧騒から少し離れたところに構える「創作カレー MANOS」は、2019年8月にオープンした途端、またたく間に行列ができる人気店に。その理由は、店主の遠藤さんの型破りな発想から生まれる、週替わりの創作カレーです。
言葉を失う辛さに、スパイスの魅力を知った
——もともとは一般企業に勤められていたとか。遠藤さんとスパイスの出会いはいつだったんですか?
遠藤 20代の頃、僕は地元関西にある食品メーカーに勤めていたんです。当時は高校時代の先輩とよくつるんでいて、ある日その先輩が「すごいカレー屋があるんだ」と言って一軒の店に連れて行ってくれました。そこは辛いカレーが人気の店で、中に入ると、店内に響くのはカチャカチャという皿とスプーンがぶつかる音と、辛さを耐えるようなフーッという息遣いだけ。独特の雰囲気に圧倒されながら運ばれてきたカレーを一口食べると、地獄を見ました。ものすっごく辛くて。辛いなんて言葉じゃ足りないぐらい、もはや絶句。水を飲むことにすら苦しみながらなんとか完食して、二度は来ないなぁ〜と思いながら店を出ました。でも一週間後、信じられないことに、僕は一人でまたその店を訪れていたんです。
——悶絶するほど辛かったのに、ですか!?
遠藤 そう。あの時に僕は、辛さの中毒性というか、スパイスが持つ人を惹きつける力を知ったんです。さらにその後、例の先輩が間借りバーを始めて、僕はたまにホールの手伝いをすることに。身内が集まる気楽なバーだったのですが、彼らが何を目当てに来るかって、お酒よりも会話よりも、先輩が作る辛〜いキーマカレーだったんです。やっぱり辛さには特別な力があるんだ……と思いましたね。
自分の「武器」を見つけた旧ヤム邸での修行時代
——当時、遠藤さんはホール担当だったんですよね。そこからどうしてカレー作りの道に?
遠藤 20代も終わりの頃、その先輩から「お互い会社を辞めて、一緒にカレー屋をやらないか?」と誘われて。店を始めるにあたって、ふたりで1カ月インドに行ったんです。ニューデリー、ムンバイ、チェンナイと、インドの各地をめぐって一番おいしいと思った店で勉強させてもらう計画でした。
僕らが選んだのは、北インドのマーケットの中にあった大衆食堂。濃いめの味つけで、辛さもしっかりとあるカレーでした。お店の人に頼んで、調理している様子を動画に撮らせてもらいながら、「このスパイスは何?」「なんでこれを入れるの?」なんて質問をしたりしましたね。
——言葉の壁もある中で、すごい行動力ですね……!
遠藤 会社、辞めちゃいましたから!(笑)もう後には戻れないという覚悟と、でもそれ以上の楽しさがありました。インドから帰ってきた後、先輩とカレー屋を開く夢は実現したのですが、そのうち僕自身が自分だけの店を持ちたいと思うようになって。今までは先輩が作るカレーを武器にやってきたけど、自分の店を持つなら自分の武器を探さなきゃと思ったんです。それでカレー作りの修行先に選んだのが、当時大阪で実力派として人気を集めていた旧ヤム邸でした。
——旧ヤム邸といえば、2017年に大阪から東京に進出しましたよね。遠藤さんが修行していたのは、ちょうどその頃でしょうか。
遠藤 まさに。僕は旧ヤム邸が東京進出した頃に、合わせて上京したんです。旧ヤム邸では日替わりの創作カレーを出していて、僕もレシピを考える担当でした。前日に次の日のカレーを考えていたら間に合わないので、試作用に買ってくる食材はいつも明後日、明々後日に使うもの。今考えるとなかなか大変でしたが、カレーだけに没頭する日々は、着実に自分の武器が増えている実感があって苦ではありませんでしたね。
——旧ヤム邸では、どんなことを学んだのでしょうか?
遠藤 ずばり、「応用力」です。スパイスと食材の組み合わせ方はもちろん、お客さんをあっと驚かせるような表現の仕方、それにメニューの名付け方なんかも旧ヤム邸で学ばせてもらいました。自分が表現したいと思ったおいしさやユーモアが、お客さんに伝わったかどうかを自分の目で見られる環境だったことも大きかったですね。
スパイスは、食材同士をつないでくれる存在
——その「応用力」を武器に、MANOSをオープンされたんですね。
遠藤 MANOSでは週替わりの創作カレーを出していますが、正直にいうと「自分が作っているものは果たしてスパイスカレーなのだろうか?」と常々思っています(笑)。それぐらい突飛な組み合わせをしている自覚もあるので。でも、僕が大事にしているのは「スパイスを使って、おいしいものを作る」ということただ一つ。創作料理と呼ばれるものは、食材の組み合わせや味つけなどの斬新さに目を向けられがちですが、ただ冒険すればいいというものでは決してなくて。大前提として、お客さんに「おいしい!」と思ってもらえる料理を作りたいんです。
——当たり前のように聞こえて、その実とても難しいことですよね。それも毎週新しいメニューを出すとなると……レシピはいつもどんな風に考えているのでしょうか?
遠藤 僕の場合、まるで連想ゲームみたいに考えていきます。たとえば今日ご紹介する「白味噌仕立てのはんなりお雑煮豚キーマ」は、お正月らしさという季節感から考え始めました。「そういえば、実家では白味噌のお雑煮を食べたなぁ」と幼少期を思い出したり、「正月と言えば和風。柚子を散らしたら、はんなり感が出るかな」とあしらいの食材を選んでみたり。その上で、テーマである「お雑煮」を表現するために、お餅代わりのトッポギを入れてみるなどの仕掛けも意識しています。
——白味噌、柚子、トッポギって、食材だけ聞くとカレーには結びつかないですね。
遠藤 でしょう?(笑) でも、そこでスパイスの出番なんです。僕にとってスパイスは、どんな食材もまとめてくれる「つなぎ」のような存在。まるで真っ白なキャンバスを染めあげる絵の具のように、自由自在にいろんな表現をかなえてくれるんです。スパイス同士のつながりで食材の味わいを引き立てたり、しっかりと辛さを出したり。スパイスを使うことで、一見スパイスとは無縁そうな食材や献立も、どこかカレーらしさのあるおもしろい料理になると考えています。
——なるほど。スパイスがあるから、料理がもっと自由で楽しいものになるんですね。
遠藤 スパイスカレーはもう、一つのカルチャーになっていて、僕が上京した頃に比べてお店の数も増えました。日本のスパイスカレーって、北インドや南インド、さらにスリランカやバングラデシュといった、あちこちのカレーのスタイルを良いとこ取りした独自の面があると思います。全国的にスパイスカレーが浸透してきた今、もしかしたら、日本のスパイスカレーは世界に発信する段階にきているのかも。この勢いに乗って、MANOSも新しい表現にどんどん挑戦していきたいと思います!
遠藤さん直伝!「白味噌仕立てのはんなりお雑煮豚キーマ」のレシピ
最後に、遠藤さんに「白味噌仕立てのはんなりお雑煮豚キーマ」のレシピを教えてもらいました。このレシピは、以前MANOSの週替わりカレーとして登場し、お客さんから大好評だった一品。家庭でも揃えやすいスパイスに置き換えて、アレンジしていただきました。
遠藤 ご家庭で作る時に気をつけるポイントは、最初のスパイスの香りを油に移す工程で、スパイスを焦がさないようにすること。強火だと焦げてしまうので、“弱火でじっくり”を意識してくださいね。
【材料のカット】
玉ねぎ:ヘタをカットして縦半分に切り、寝かせてさらに横半分に切ったものを薄くスライス
長ねぎ:青い部分は切り落とし、白い部分を縦に4等分に裂いて小口切り
ニンニクの芽:小口切り
ニンジン:短冊切り
里芋:食べやすい大きさにカット
こんにゃく:短冊切り
トッポギ:1/2カット
【作り方】
1.鍋にキャノーラ油70ccを入れ、ホールスパイス(A)を入れ弱火で火を付ける。
2.クミンがシュワシュワ泡立ってきたら、薄くスライスした玉ねぎを入れる。
3.玉ねぎがしんなり半透明になり、周りが少し茶色に焦げ出したら長ねぎ、ニンニクの芽を入れる。
4.長ねぎ、ニンニクの芽もしんなりするまで炒めたら鰹節5gを加える。
5.少し混ぜて火を通したらおろし生しょうが、おろし生にんにく加える。
6.火を通して良い香りがたってきたら、ヨーグルトを加え混ぜ込み、ある程度火を通す。
7.ヨーグルトと油が分離してきたら、パウダースパイス(B)を加え混ぜ込む。
8.パウダースパイスを混ぜ込んだら、豚ミンチ500gを加えさらに混ぜ込む。
9.肉とスパイスがある程度混ざったら水350ccを加え、しっかり混ぜ込み、沸騰してくるまでじっくり火を入れる。
10.沸騰してきたら調味料(C)を加えよく混ぜる。※白味噌は先に豆乳と酒を火にかけ溶かしておく。
11.ある程度混ざったら、ニンジン、里芋、こんにゃくを加え煮込み、分量外の塩で味を整える。
12.トッポギは別のフライパンで、こんがり焼き目がつく程度まで焼いておく。
13.盛り付け後、焼いたトッポギ、残っている鰹節、柚子皮をあしらい完成。
具沢山でスパイスもたくさん使う「白味噌仕立てのはんなりお雑煮豚キーマ」は、食べ進めるごとにお皿の中が混ざり合い、どんどん味わいが変化していく楽しい一皿。お正月の〆に、ぜひ試してみてくださいね。
レシピ監修:遠藤僚さん/撮影:上原未嗣