海外では新年をどう過ごしている? 世界の台所探検家・岡根谷さんが見てきた「世界のお正月」
謹んで新年のご挨拶を申し上げます。エスビー食品です。
お正月休み、皆さんはどんな風に過ごしていますか? いつもはなかなか会えない家族と集まっておせちを囲んだり、地元でおなじみの神社へ初詣に行ったり……三が日特有のゆったりと過ぎる時間に身を委ねて、おうちでお餅やみかんを楽しむのもいいですよね。思ってみたら、お正月は一年の中でももっとも日本らしさを感じられるイベントなのかもしれません。
では、他の国々ではどんな風にお正月を過ごしているのでしょう。
日本のおせちのような正月料理はあるのかな?
元日に人々が集まる場所はどこだろう?
そもそも、「お正月」って他の国にもあるの?
——そんな小さな疑問に答えてくれたのが、世界の台所探検家・岡根谷実里さん。今回は、岡根谷さんが体験してきた「世界のお正月」のお話です。
こんにちは、世界の台所探検家の岡根谷です。世界各地の家庭を訪れ、現地の方と一緒に料理をさせてもらい、料理から見える世界の暮らしや社会を伝えています。皆さんがこの記事を読まれている頃、私は北欧・フィンランドで新年を迎えているはずです。
日本の新年というと、お雑煮やおせちを食べ、初詣に行っておみくじを引いて、二日にはお汁粉を食べて……と、やることがたくさん。それを全部すっ飛ばしてしまうと「まともに年を迎えられていないのではないか」と不安になるくらい慣習が多くあります。しかし考えてみればこれらは日本ならではの過ごし方。世界に目を向けてみれば、それぞれの国の新年の迎え方があるはずです。世界の人々は、新年に何を食べどう過ごしているのでしょうか。
そもそも新年っていつ?
少し時を遡り、コロナ禍で渡航がかなわなかった2021年の正月。世界各地の友人たちに「新年は何を食べるの?」とメッセージで尋ねてみたことがあります。そこで驚いたのが、1月1日を新年として祝わない国が少なからずあるということ。
中国はじめ東アジアの国々では中国暦(旧暦)を採用していて、いわゆる新年は2~3月頃にあたります。イスラム教の国々ではイスラム暦に従った新年があり、2024年は7月です。タイは西暦と仏暦の新年両方があり、タイ人の友人にとっては水かけ祭りをする仏暦の新年が“本番”なのだそう。暦の数だけ新年があるわけですが、私たちにとって当たり前の新年が1月じゃないなんて、頭がこんがらがりそうですね。
以下、この記事では、単に「新年」という場合には「西暦の1月1日」を指すことにします。
【インド】“新年”ではないけれど、お菓子でささやかに祝う
2023年の新年は、インドの寝台列車で迎えました。ちょうど移動日が年の変わり目にあたり、大晦日の夜に寝台列車に乗り込んで、次にお世話になる家庭に向かうことに。年が変わる瞬間にカウントダウンやアナウンスなんかがあるのかなと期待し、やることもないのに0時の瞬間まで布団にくるまって起きていたのですが、列車は何事もないままゴトンゴトンと進んでいき、がっかりしていつのまにか寝てしまいました。
駅に着いたのは、深夜3時。そこからバイクタクシーで約束の家庭へ。朝起きて「ハッピーニューイヤー!」と言うと、「ハッピーニューイヤー。でもヒンドゥー教の新年はディワリと言って、1月1日じゃないんだけどね」と返ってきました。ああ、今年は新年を逃してしまった。
気を取り直し、この家の母さんと作った朝ごはんは、「アル・ワダ」。じゃがいもをゆでてつぶして、ガラムマサラなどのスパイスや青唐辛子をまぜてひよこ豆粉衣で揚げた、スパイシーなポテトコロッケのような料理です。「特別な時に作る料理なの?」と一応聞いてみたものの、「いや。いつでも作る普通の料理だよ」と予想通りの答えを返されてしまいました。
ひと通り揚げ終わったところで、母さんは何やら別のものを作り始めました。鍋にギー(精製バター)をなみなみと溶かし、スジ(挽き割り小麦)と砂糖を加えてまぜます。しばらくまぜ続けると、軽く色づいてきます。そこにカルダモンを加えると、ギーの甘い香りとカルダモンの高貴な香りがふわっと立ち上り、キッチンを満たします。
「スジハルヴァっていうお菓子だよ」と母さん。小さな器によそって、台所の脇にひっそり置かれていた小さな祭壇に供え、手を合わせます。宗教的な新年ではないけれど、それでもカレンダーでは新たな年だから、この家ではささやかに祝い祈るのだそうです。
宗教も言葉も新年の日取りさえも違って戸惑っていたけれど、仏壇を拝むように手を合わせ、まだ湯気が上るスジハルヴァを皆と一緒に食べると、なぜか自分もこの家に受け入れられたような気がしてほっとしたのでした。
【ポーランド】新年に食べるのはクリスマスディナーの残り物?
「新年らしい料理は何もないなあ。クリスマスディナーの残り物と、パーティーの二日酔いかな」。12月初旬のポーランドでは、誰に聞いても同じ答えが返ってきました。
キリスト教を信仰する人が多いポーランドでは、ヨーロッパの他の国々と同様、クリスマスこそがもっとも重要なディナー。親戚が一堂に介して食事を共にするのだそうです。ポーランドでお世話になった家庭は、夫婦と小学生の子ども2人の4人暮らしなのですが、「クリスマスディナーは25人で食卓を囲むんだ」といって、大賑わいな写真を見せてくれました。イブの日のディナーは肉なしですが、次の日もその次の日も親戚同士互いの家を訪れるので、ご馳走の量も大変なもの。年末にかけて「残り物」が食卓に上ることは想像に難くありません。
「クリスマスの後によく作る料理ならあるよ」と教えてくれたのは、ビゴスという煮込み料理。塩漬けキャベツ(ザワークラウト)といろいろな肉類を煮込む大鍋料理ですが、ローストハムやソーセージはじめ、クリスマス時期のディナーの残りのあらゆる肉類を入れることができるので、「残り物を片付けるのにちょうどいい」のだそうです。ビゴスは実はポーランドの代表料理の一つで、材料も手間も多い料理とされますが、まさかご馳走の残り物まで使うとは!
塩漬けキャベツと肉類を入れた鍋を火にかけ、酸っぱい香りが立ち上ってきたところに、干しきのことプルーンを入れ、ジュニパーベリー、オールスパイス、ローレルなど野趣のあるスパイスを入れると、どこか森を思わせる香りに。煮込むこと一時間。煮込まれたビゴスをパンにのせて食べると、肉類のあぶらみが酸味でさっぱりとし、食べ進めるほどに体が温まる一皿になっていました。
「でも、まだ完成していないんだ」。煮込んだ初日は酸味が強く味が尖っていて、味が馴染んだ三日目くらいからがよりおいしいのだそうです。毎日火入れをして一週間程度はもつので、新年まで持ち越されることもあるのだそう。
残り物を活用したビゴスは、材料を取り揃えて作るおせちとは正反対のものに思えますが、数日スケールで料理ができていって数日かけて食べ続けるという時の流れに、おせちと重なるものを感じたのでした。
【ブルガリア】パイの中から今年の運勢を探り当てる
日本では、新年は初詣に行き、一年の運試しにおみくじを引くのも楽しみの一つですね。おみくじは日本の習慣ですが、「おみくじのような食べ物」は世界各地にあるようです。
フランスではガレット・デ・ロワというケーキに小さな陶器の人形(フェーヴ)を入れて焼き、中国では水餃子に硬貨やナツメ、栗などを入れて作り、それを食べた人が一年間ラッキーに過ごせるなどというものです。
私が印象に残っているのは、東欧・ブルガリアの新年。バニツァというチーズやヨーグルトが入ったパイで「おみくじ」をします。バニツァはブルガリア人の軽食や朝食に頻出のもので、どこの街角のパン屋でも売っているくらいポピュラーなものですが、新年に作られるバニツァは特別です。
普段は買って食べる人もこの日だけは家で手作りし、中に小さな紙切れを忍び込ませます。コロナ禍で渡航ができなかった新年、オンラインで繋いだブルガリアの家庭ではバニツァを焼いていて、「あなたの代わりに引いてあげるね」と引いた紙には「たくさん旅ができますように」と書かれていたのでした。健康、結婚、宝くじに当たるなどいろんなことが書かれるようですが、私にとっては何よりもうれしい一枚でした。あの年の後半に旅に出かけられたのは、おみくじのおかげだったのかな。
ちなみにブルガリアの新年には、バニツァの他に決まった料理はなく、しばしばクリスマスやニューイヤーズイブの残り物が食卓に並ぶのだそうです。
1月1日じゃなくても、新年は家族との時間を味わう日
こうして世界の新年の過ごし方を見てみると、日本のおせちと雑煮にあたるような新年特有の食べ物がない国も多いことに気づかされます。また、食べ物以外にも日本は書き初めに初詣にと行事がたくさん。
世界各地さまざまな新年がありますが、忙しい365日の中でふと時の流れが緩み、家族が共に過ごすのが「新年」なのかもしれません。皆さん皆さんの一年が、良いものになりますように。
岡根谷さん、ありがとうございました! 日本では、おせちやお雑煮といった昔ながらの料理を食べるのが新年の定番。繊細なお出汁の味わいや食べ物に込められた意味を改めて楽しむのもいいですよね。でも岡根谷さんのお話から、何を食べるかよりも誰と食べるか……家族や大切な人たちと過ごすこと自体を大切にしている国がたくさんあるのだとわかりました。一年の中でもっとも特別な日に、一つの場所に集って同じ時を過ごせる人たちがいることこそが幸せなのかもしれませんね。
2024年は、大切な人たちと食事をする時間を「つくるよろこび」に溢れる一年になりますように。今年もエスビー食品は、スパイス&ハーブを通じて皆さんと一緒にそのよろこびをつくっていきたいと思います。
文・写真:岡根谷実里
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