スパイスは、世代を超えて愛される料理に欠かせない存在。「銀座スイス」庄子あけみさん—スパイスとわたし
今や海外でも日本食として知られる「カツカレー」。その元祖と呼ばれるひとつが、銀座の路地に佇む1947年創業の洋食屋「銀座スイス」です。
創業まもなくの1948年、常連客だった元巨人軍・千葉茂氏が発した「カレーライスとポークカツレツを、一皿に乗せてくれ」という一言で誕生したカツカレーは、瞬く間に銀座スイスの代名詞的メニューとなり、全国へ広がっていきました。
それから半世紀以上の時が流れた現在も、先代から受け継ぐレシピに忠実に、伝統の味を守り続けています。
いつも変わらない味を届けたいから。創業時からベースは「赤缶カレー粉」
――銀座スイスと言えば「千葉さんのカツレツカレー」ですが、カレーソースに使っているスパイスはメニューが生まれた当初から変わっていないんですか?
庄子 基本的に変わっていません。先代の頃からエスビー食品の赤缶カレー粉(※業務用)を使っているんですが、当時から赤缶カレー粉はよく計算された配合で、完成されたお味じゃないですか。だからさらにスパイスを加えることはせずに、赤缶カレー粉をベースに野菜の煮込み方やパン粉の扱いに工夫することでカレーソースを仕上げているんです。
具材に関しても、野菜や鶏肉がゴロゴロしているカレーだと、食べにくいだけじゃなくて、カツレツとケンカしちゃいます。うちのカレーは素材の形がなくなるまで煮込んでいるので、カレーをソース代わりにしてカツレツを味わえますし、どなたでも食べやすいからこそ人気メニューとして親しまれてきたのだと思いますね。
料理長 あと、豚の脂って甘いじゃないですか。カレーの味がスパイシーだったり、辛かったりすると、せっかく甘みが消えてしまうんですよね。調理の際はその辺のバランスも考えていますし、お肉も柔らかくて食べやすいものを選んで仕入れています。
――なるほど。カレーを仕上げるには、どれぐらいの時間がかかるのでしょう。
庄子 全く何もないところからお客さまにお出しするまでにかかる期間は、約2週間です。その期間、ずっと火にかけていると思う方もいらっしゃるんですが、そうではなくて、完全に冷ますとかまた火を入れるとかの繰り返しで、ベースができるのに10日間ほどかかります。そこに肉など、いろんなものを足して仕上げていくんです。
料理長 ソースの量によって、火加減も調整しなければいけないので、他の作業をしながらでも常に気を配っています。コクを出すために前日のソースを継ぎ足しているんですが、その量もソースの状態によって調整していますね。
――そういえば、小麦粉を使っていないと聞いて驚きました。それなのにこのとろとろ感は、どうやって出しているんですか?
庄子 カレーソースのベースは、野菜をすりおろしたスープなんですが、それだけだと大根おろしみたいにシャバシャバした状態です。ですので仕上げの段階で、裏ごしした食パンを入れています。食パンも小麦ですけど、パンの甘みやイーストの香りなどが野菜に加わることによって、独特のまろやかさが出るんです。そこに油で焦がした赤缶カレー粉を合わせて、どんどん煮込んでいくうちにチャツネのようなとろみが生まれるんですよ。
三世代、四世代が集う洋食屋にとってのスパイス
――1947年の創業から現在まで、銀座の町もさまざまに変化してきたと思います。そこで変わらずにあり続ける「洋食屋」としての矜持を教えてください。
庄子 当たり前ですが、真面目で丁寧な仕事をしていくことです。私たちは、ハンバーグやコロッケなど、作ろうと思えばご自宅でも作れるメニューに対してお金をいただいている訳です。だから食材や調理方法をきちんと吟味して、ご家庭では出せないプロの味を召し上がっていただくことが一番重要。わざわざ銀座まで来ていただいているので、「おいしかったよ」と言っていただける料理をご提供しなければ、という使命があります。
――銀座という激戦区で、ここまで長く愛されているのはすごいことですよね。
庄子 うちは銀座というハレの町でやり続けたからこそ、何世代ものお客さまが来てくださっています。そういう方たちに支えられて、何とかやってこられたんじゃないかな。この町で世代を超えて楽しんでいただける料理をご提供し続けることが、銀座の洋食屋としての大きな仕事ではないかと思います。
——だから「千葉さんのカツレツカレー」も、誰にでも食べやすく、いつも変わらない味にこだわるんですね。最後に、銀座スイスにとって、スパイスはどんな存在なのでしょうか。
庄子 そうですね……スパイスは、名脇役だと考えています。うちにはお年寄りからお子さんまでいらっしゃいますし、四世代のご家族がひとつの食卓を囲むこともあります。だからカレーに限らず、極端に辛かったりスパイシーだったりする料理はあまり歓迎されません。
たとえばハンバーグには、お肉の臭みを抑えるためにナツメッグを入れますが、食べた時には表に出てこないし、食べたことにも気づかないはず。でも無いと味が決定的に変わってしまう、隠し味みたいな存在ですよね。
だからスパイスは主役ではないんですけど、名脇役。そんな気がしています。今日は何か上手くいかないぞと思ったら、一人足りない!みたいな(笑)。銀座スイスで使っているスパイスの種類は限られていますけど、私たちが大切している「ご家庭では出せない味」「世代を超えておいしく食べられる味」をつくるのに、欠かせない存在です。
世代を超えて楽しめる「スパイスとナッツのハンバーグ」レシピ
「親子三世代、四世代、その場に集う全員がおいしく食べられる料理を」。銀座スイスの信念を体現するようなハンバーグのアレンジレシピを、料理長に教えてもらいました! デュカの発想から生まれたこのアレンジは、小さいお子さんはいつものご家庭のハンバーグ、大人はスパイス×ナッツの風味が香ばしい凝ったハンバーグを、一度につくれる手軽さも魅力です。
<作り方>
1. ハンバーグのタネは、材料をすべてボウルに入れてこねる。
2. ハンバーグを整形し、フライパン(中火)で2~3分焼く。焦げ付くフライパンを使う場合は、サラダ油を適量ひいてから焼く。
3. 焼き色が付いたら裏返し、ハンバーグの上に、アレンジの材料をすべて混ぜたものをのせる。アレンジをしないハンバーグはそのままでOK。
4. 蓋をして、ごくごく弱火で13分間じっくりと焼く。
お子さまから大人まで、好みに合わせてアレンジできるハンバーグレシピ。ナッツの香ばしさと、クミンやバジルの香りに食欲をそそられます。いっしょに食卓を囲む人やその日の気分にあわせて、ぜひつくってみてくださいね。
レシピ監修:銀座スイス/文:猪口貴裕/撮影:大崎あゆみ